油断

@dumpling426

油断

「ああこれ?彼女からのクリスマスプレゼント。」



左腕に光るそれを愛おしそうに見つめる佐々木に、やってしまった、と思った。

三角の深いブルーの文字盤に、使えば使うほど味の出そうなレザーのベルト。珍しいデザインに、素直にセンスがいいと思った。だから言った。その腕時計かっこいいじゃん。どこのなの?って。


絶対に自分から彼女の話はしない佐々木に油断していた。佐々木に抱くそれが恋心だと気づいてしまった時から、彼に恋人ができたらしいと聞かされた時から、何度も自分に諦めろと言い聞かせてきたはずなのに。胸の奥がきゅうっと苦しくなる。苦い。吐きそうだ。



「え、なんかコメントないの?」


何を言えばいいかわからず黙っていると、右手は時計のベルトに添えたままの佐々木が顔をこちらに向ける。

笑え、表情を和らげろ。何でもいいから言え。ともう1人の自分の声がする。


「あ、そうじゃん、アンチクリスマス派だもんなお前。クリスマスを楽しんでいいのは子どもと親だけでいいですって毎年言ってるもんな」


1人で解決した佐々木がケタケタ笑う。



「確かにそうだけどさぁ」


喉元が震えている。佐々木は笑い続けている。あまりにも情けないこの声が届かなくてよかったと安堵する。




佐々木が次に『クリスマスを楽しんでいい人』になった時、俺はそれを素直に祝福してあげられるのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

油断 @dumpling426

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る