第5話

 人混みに酔ってしまった俺と、戦利品をゲットしてホクホク顔のアイミは、青い月が照らす夜道を歩いていた。


 宣言した通り、アイミは財布を空っぽにした。

 募金箱に全額を突っ込むという、やや強引な手段によって。


 次に連れてこられたのは夜の学校。

 ゲートに鍵がかかっており中に入れない。


「まさか、フェンスを乗り越えるとかいう気じゃないだろうな」

「そんなことしないよ〜」


 気丈に笑うアイミ。

 だが、俺は気づいている。


 彼女の生命エネルギー残量はとっくに底をついている。

 いつ朽ち果ててもおかしくないどころか、生きているのが不思議な状況だった。


 なのに笑える精神力があるのだから、やっぱり、死神を目視できる人間は伊達だてじゃない。


「ねえ、死神さん、あの世って本当にあるの?」

「あの世は、実在する。死神の俺がいうから間違いない」


 アイミの目的地は近くの交差点だった。

 角のところに献花台があり、季節の花が添えられている。


「先生」


 甘えん坊のようにはにかんで、クマのぬいぐるみを置いた。


「好いていた男だったのか?」

「いや……ちが……」


 アイミが決まり悪そうに髪をいじくる。


「違わなくもないけれども……悪い?」

「いや、悪くない。おおかた、生徒の命を助けようとして死んだ男性教諭だろう」

「どうして分かったの⁉︎」

「当てずっぽうだが……なんだ、本当に正解していたのか?」


 アイミの口からため息がこぼれるが、俺には人間の機微きびってものが分からない。


「そうよ。先生はとても立派だった。頼り甲斐があった。みんなから信頼されていた。思いやりが人一倍強い人だった」

「教師のかがみってやつだな」

「でも……」


 アイミがえりの合わさっている部分を握る。


「とある女子生徒のために死んじゃった。長生きできない子のために。将来有望だった先生が死んじゃった」

「それも教師の仕事だ。生徒の命は大切だから。命に差をつけてはならない。死神の俺がいうから間違いない」

「それ、本気で思っている?」

「嘘をつく理由がない」


 アイミの口元がほころび、青い月を見上げる。


「私……悔しくて……悔しくて……。死ぬのは怖くないけれども、先生からもらった命のバトンをつなげないのが悔しくて……。このことを知ったら、あの世の先生は幻滅するかな? アイミのこと、嫌いになるかな?」

「そんなことはないと、俺は思うぞ。あと、アイミは偉い。最後まで泣かないなんて、とても偉い」

「ありがとう、死神さん」


 やさしい夜風が2人を包んだとき、アイミの足元がぐらついて、糸が切れた人形みたいにバランスを崩した。


「おい、アイミ」


 俺の手は触れてしまった。

 決して触れられることのないアイミの体、いや、その魂に。


「しっかりしろ、アイミ」


 彼女は何も答えない。

 もう目覚めることはない。


 その証拠にさっきまでアイミだった体が冷たいコンクリートに転がっている。


 アイミは死んだのだ。

 好きだった男の側で。


 もし俺が人間だったのなら……。

 この愛しさを、この痛みを、この切なさを、魂が消えるまで忘れないだろうか。


「短い時間だったけれども、楽しかったよ」


 天へと召されていくアイミの目から光の粒がこぼれて弾けた。

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