第6話 最終話

「次はFE-40537番! おい、FE-40537番はいるか! 聞こえているなら10秒以内に返事をしろ!」


 俺は役所のロビーに腰かけて、壁の時計を凝視していた。


 もうすぐ10時8分なのである。

 残り5秒……4秒……3秒……2秒……。

 気分だけはエサを待つワンちゃんだ。


 バチンッ!

 後頭部に鈍い痛みが走って、カウントダウンはぷっつり途切れてしまった。


「おい、FE-40537番! 呼ばれたら1回で返事をしろ!」


 片手にファイルを持った先輩が、怖い顔をしながら立っている。


「あ、すみません、考え事をしていまして」

「死神のくせに物思いにふけるなんて、人間みたいなやつだな」

「まあ、元人間ですから」

「それは一理ある」


 同僚たちのクスクス笑いに見送られ、俺はロビーから移動した。


 これから俺の下に新人が1人つくらしい。

 OJTといって実務を経験しながら、必要なスキルを身につけていくのだ。

 俺はそのサポート役、かつ、直接の上司ということになる。


「俺が担当することになる彼女、どんな子ですか?」

「それを確かめるために、これから顔合わせするのだろうが」

「おっしゃる通りです」


 先輩が足を止めた。


「よく新入りが女だと分かったな」

「ああ……なんとなく……当てずっぽうってやつです」

「まあいい。こっちだ」


 窓の外を見たけれども、ここは死神の世界だから、何もない虚空がどこまでも広がっている。


 白、黒、グレー。

 死神の世界は、とにかく色彩に欠ける。


 川崎アイミという少女のその後について。

 同僚から情報を仕入れることに成功していた。


 体から魂が抜けた直後も、アイミの心臓はわずかに動いていた。

 すぐに救急車がやってきて、近くの総合病院まで搬送されるも、下されたのは『ほぼ脳死状態』という判定。


 アイミはドナーの意志を示していた。

 両親が娘の気持ちを尊重したため、いくつかの臓器はそれを必要とする患者のところへ届けられている。


 彼女はつないだ。

 命のバトンを。


 理想とは違った形かもしれないけれども。

 アイミを抜きに今日も世界は回るけれども。


 確実につないだ。

 その事実だけは、消えない炎のように、俺の中で輝きを放ち続けている。


「死神になれるのは、誰かを救うために死んだ人間だって、先輩はおっしゃっていましたよね」

「そうだ。俺はきっと優秀な警察官だった。爆弾魔のテロリストから市民1万人の命を守るために、プラスチック爆弾を小脇に抱えたまま、川へ飛び込んだのだ。俺が殉死じゅんしした土地には、でっかい銅像が立っている」

「あはは……大英雄じゃないですか」


 子どもじみた冗談のお陰でリラックスすることに成功した俺は、案内された部屋のドアをノックする。


「入るぞ」


 ゆっくりと顔を上げた。

 まずは足元、続いて腰回り、それから胸元と、スキャンするように観察する。


 最後に視界に飛び込んできたのは、白でも黒でもグレーでもない、鮮やかなカーネーションのような2つの瞳だった。


 美しい、ひたすらに。

 あるはずのない心臓がトクンと鳴る。


「先日、予備科を卒業しました、HD-50648番です! ご指導、ご鞭撻べんたつのほど、よろしくお願いします! 先生!」


 どこか見覚えのある少女は、元気いっぱい礼をした後、俺の顔をしばらく直視して、恥ずかしそうに口元を隠してしまう。


 素直そうな子だ。

 俺の直感がそう語りかけてくる。


「こちらこそ、よろしくだ。分からないことがあれば何でも聞いてくれ。しかし、緋眼ひがん持ちとは珍しいな」

「はぅ……生まれつきみたいです。不吉なのでしょうか」

「その逆だ。安心していいぞ」


 新しいパートナーと握手を交わしたとき、俺の世界に新しい色が1つ足し算された。




《作者コメント:2022/01/17》

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死神だけれども、少女の魂を奪いにいったら、メッチャタイプです! と懐かれた ゆで魂 @yudetama

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