第4話

 楽しそうなアイミを見ていると、俺まで楽しくなるのはどういう理屈だろうか。


 アイミの行きたい場所リストは山ほどあった。

 おしゃれな喫茶店、大きな水族館、ドームでの野球観戦、といった具合。


 中には富士山のてっぺんも含まれていたが、アイミの残り時間と体力を考えると、断念せざるをえなかった。


「今日はマナカちゃんと出かけてくる!」


 娘の外出を両親が止めないのは、アイミの希望をすべて叶えてあげよう、と決意しているからだろう。


「嘘をついていいのか?」

「うん、いいの」


 アイミは寂しそうに笑った。


「最初は毎日お見舞いに来てくれていた子も、週に1度になって、月に1度になって……。スマホがあればいつでも話せるってことは、わざわざ会う必要がないってことだから。でも、友達と疎遠そえんになったって、両親にはいえないよ」


 俺は手を差し出した。

 アイミの手がそこに重なる。


 永遠に触れられない手だけれども……。

 アイミが喜ぶなら協力してやるか、という安っぽい良心である。


 かくいう俺も通常ミッションを1週間サボれる口実ができて、わりと満足していた。


「アイミが浴衣を持っていたなんて意外だな」

「えへへ……かわいいでしょ」


 アイミがその場でターンすると、金魚の群れが楽しそうに泳いだ。


「俺に同意を求めるな。浴衣の良し悪しが死神に分かるわけないだろう」

「つまんない! そこは嘘でもかわいいってめるの!」


 アイミの繰り出してきたパンチが俺の胸ぐらを貫通する。


「無駄にしている時間はないぞ。分かっていると思うが……」

「最後の日なんでしょう」

「そうだ」


 アイミはニカッと笑った。

 やっぱり、おかしなやつだ。


 目的地に選んだのは納涼祭をやっている神社。

 たくさんのお客でごった返しており、中には死神の姿も混じっていた。


 向こうが、よっ! と手を振ってきたので、俺も同じように振り返しておく。


「さっきの人は? 同業者?」

「そうだ」


 酔っ払いが1人、川に落ちて亡くなる予定になっている。

 そこまで教えるほど俺も野暮やぼじゃない。


「貯金を全部使い切ってやるんだから!」


 スタートから気合い全開のアイミは、唐揚げとか、かき氷とか、目についた屋台にお金を落としまくった。


「死神さんもお口あ〜んして」

「だから、俺は食べられない」

「いいの。雰囲気だけ」


 かき氷のスプーンに食らいつく。

 はたから見ると、木に話しかけるアイミといった図になっているが、みんなはお祭りを楽しむことに夢中で、知らない少女を気にかける者はいない。


「かき氷、おいしい?」

「ああ、冷たくておいしい。ちょっとだけ人間がうらやましい」

「えへへ」


 俺が羨ましいといったのは、人間ならばアイミの気持ちを理解できるのに、という意味も言外に含まれていたりする。


「忘れずに写真を撮らないと」


 2人でカメラに収まった。

 俺の体はそっくり景色になっており、画面の半分にアイミだけが映っている。


 これで満足らしい。

 よく分からない女だ。


 スマホを巾着にしまったアイミは、あの射的しゃてきがやりたい! と一目散に駆け出した。

 死にかけの人間が走るものじゃない、と俺は注意したが、アイミはさっそくコルク銃を構えている。


 狙ったのはクマのぬいぐるみ。

 ゲーセンの景品にありそうな大きいやつ。


 俺は知っている。

 これは取らせる気がない景品だ。

 いわばディスプレイ用で、そんなの小学生でも分かるから、もっと軽いプラモデルを狙ったりする。


 アイミの投資金額が1,000円を超えて、2,000円を超えた。

 真剣すぎる眼差しに、屋台の親父おやじも困り顔になっている。


「お嬢ちゃん、こっちのキャラメルを倒しなよ。そうしたら、クマのぬいぐるみもやるからさ」

「いえ! あれが落ちる瞬間を見たいんです! 不可能じゃないって証明したいんです!」

「でもなぁ……」


 俺は屋台の内側に回った。

 アイミの射撃に合わせて、ぬいぐるみの頭をちょこんと小突く。


「やった! 落ちた!」


 屋台の親父が目を丸くしたのは、いうまでもない。

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