閑散話 とある商業ギルドの受付嬢の黄昏

「リサちゃん、今頃どうしているのかしら」


自分の机に置かれた書類を眺めながらため息をついた。

思い浮かぶのは最近、商業ギルドに登録したばかりの可愛い女の子のこと。


最初の印象はどこか裕福な家庭のお嬢さんかと思った。

華美な装いではなかったが、よく見れば上質な生地が使われているワンピースを着ていた。

そして商業ギルドに来たのが初めてだと言わんばかりの不安そうな顔で入口近くでキョロキョロしていたのだ。


明らかに初心者もしくは親のお手伝いだと思われる彼女に対して、手の空いていたハズの他の受付嬢は自分の利益にならないと思ったのか仕事をしているフリをし始めた。

その様子にため息をつきたくなったが、今は困っているお客様に対応するのが大事だと思い直し、顔を取り繕ってその女の子に声を掛けたのだ。

もちろん後でその受付嬢たちに厳重注意をすると決めたけど。


料理のレシピを登録したい、けれど商業ギルドには登録していないと言われた時からおや?と思ったけど、とりあえずはそのまま登録を進めた。

すると驚くことに登録するレシピは1つではなかった上に、内容を確認するとどれも既存の料理をさらに改良したレシピでとても使い勝手が良さそうなものが多かった。

新人でこの登録数ということもあり、一瞬盗作を疑ったが、何気ない会話に紛れてレシピのことを聞くとどう考えても自分で作ったことがある者の答えだった。


しかもその会話中に、濃い味が好みならこの材料を増やしたほうがいいとか、あっさりした味ならこの材料を変えると食べやすいとかポロポロと提案が出てくるのだ。

本人はそれを登録すべきものだと気づいていない状況だったから、さり気なく派生欄に記載するように誘導はしたけど、他の受付嬢だったらどうなっていたことやら。

そのレシピを自分のものにしてしまう者もいれば、金づると思って別の契約をさせようとする者が出たかもしれない。


本当にキョロキョロしている彼女に声をかけてよかったと思う。

結果彼女は商業ギルドの中で最重要顧客となった。

料理のレシピももちろんすごいのだが、なんたって開発した美容品の後ろ盾がやばかった。

冒険者なのに、料理のレシピを開発することもすごいが。

まあ野営で料理をしたり新しい物を採取する冒険者が料理のレシピを登録することはたまにあることだが。

まさか美容品を冒険者が開発するとは思わなかった。

しかもその美容品がこの国の最高権力者に愛用されることになるなんてことは奇跡にも等しいことだ。

…まあその奇跡が起こっちゃったわけだけど。


レシピを登録するまでの間に商業ギルドに入り込んだドブネズミに引っ掻き回されて、危うくリサちゃんの機嫌を損ねそうになったときは心臓がバクバクだったわ。

顔には出てなかったとは思うけど、これでリサちゃんが美容品のレシピを登録しないとなったら商業ギルドは一体どうなっていたことやら。

最高権力者による雷が落ちるのは確実だったでしょうし、生きていられたかも…考えるだけで恐ろしいわ。

今思い出しても悪寒が止まらない。


宿の料理長がリサちゃんとの共同レシピを登録してくれたけど、その後は旅に出ることになってしまった。

元々冒険者だし、移住ではない限り長居はしないと思ってはいたけど。

リサちゃんにとっては嫌な騒動に巻き込まれた場所だというのにわざわざ商業ギルドに来てお別れを言いに来てくれたのは嬉しかったが、やっぱり寂しく思ってしまう。


その後については、はっきりとした足取りがわかっているのはローウまで。

ローウへ行く街道で盗賊を捕縛して、その領主の兵士に盗賊の仲間じゃないかと冤罪を掛けられたという情報が入ったときは、思わずローウまで突撃しようかと考えてしまった。


しかし後ろ盾の証明証を見せたことで冤罪は免れたようだ。

だがそんな冤罪を起そうとした部隊長をそのまま許せるはずもなく、部隊長自身もヤバいことをしてしまったという自覚はあってか、その冤罪のことを領主には報告していなかった。


盗賊の捕縛に協力した冒険者なのに感謝もしていない上に、リサちゃんに冤罪をかけておいて、のうのうとしているその部隊長への怒りを押さえられなかった。

だから国の最高権力者が気に入っている者を証拠もなしに捕らえようとする粗忽な者もそのままにしていていいのかと領主に遠回しには伝えておいた。

その後の判断は領主に任せたけど、確定ではないけど、恐らく確実に対処してくれるでしょう。


それとは別に懸念することがある。

未確定ではあるけど、ローウに出現したドラゴンは大きな被害を出すことなく退治されたそうなんだけど、どうやらリサちゃんがそれに関わっているようなのよね。


直接討伐したという情報はなかったけど、ローウの商業ギルドが被害を受けた牧場主と討伐確認のため冒険者ギルドマスターに話を聞いたところ、その場にいたようなのだ。

それならドラゴンを討伐した英雄と面識を持っている可能性もある。


今のところドラゴンの素材が売り出されたという話を聞かないから、まだその素材を持っている可能性が高い。

商業ギルドとしてはぜひともドラゴンの素材が手に入るなら売って欲しい所ではあるけど、その伝手が今のところリサちゃんに限られている。

私はリサちゃんに無理強いをするつもりはないけど、ただ残念なことに脅してでも手に入れたいと思っている連中がいるのだ。

なんとかリサちゃんに怪しい連中が近寄ってくるかもしれないと注意を伝えたいところだけど、ローウを出てからの足取りが掴めていないのよね。


噂でエルフの里で似たような子がいたみたいな話は上がってきていたけど。

まさか、ね。

後ろ盾からも何度か足取りの確認が入っているし、登録してくれたレシピについても相談したいことがあるし。

リサちゃん、首都じゃなくていいからどこかの街の商業ギルドに寄ってくれないかしら。

そしたら会いに行けるのに、ままならない物ね。


「会いたいわ、リサちゃん」

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