96 屋台

「リサが屋台出すから来てみたよ」

「美味しそうな匂いね」


魔獣の素材を使った洋服の作り方を教えてくれたノーラさん、薬草栽培の研究について意見を交わしたリップさん、エルフ楽器で色んな楽曲を教えあったドリーさん。

その後ろに魔法の練習を一緒にした年上のエルフの子どもたちが並んでいる。


「はい、どうぞ!」

「リサのご飯が食べれるなんて嬉しいよ」

「買いに来てくれて私も嬉しいです」

「先生が美味しいから絶対食べたほうがいいって言うから来たよ!」

「だって美味しいもの!食べたらみんなそう言うわよ〜」

「はいはい嬉しいけど並んでいる人いますから、買ったら横に避けてくださいー」


世間話もしたいところだけど、並んでいる人がいるから買ってすぐ退けてもらう。

リディさんも子どもたちの言葉にもっと反論したかったようだが、今は行列が大事だから流してもらう。


「熱々ね!外側がサックリして中はふわふわ〜」

「うっわー伸びたー!」

「チーズ美味しい!」


横に移動したエルフの子どもたちがその場でチーズドッグに齧り付いて称賛の声が上がる。

反論できなかったリディさんはそうでしょう!とドヤ顔している。

子どもたちの素直な感想に顔が綻ぶが、穏やかな時間もそれまでだった。


「あれ何だ?」

「見たことない食べ物ね?」

「子どもたちも美味しいって言っているし食べてみる?」


その子どもたちの素直な反応に他のエルフの興味を誘い、列がどんどん増えていく。

その後はもう機械作業のようにチーズドッグを出しては売っていく状態だった。

キッチンライブ風をやる暇もなくなり、見かねたノーラさんたちに手伝ってもらい、どうにかその日の屋台はやりきった。


「今日は乗り切れたけど、もうちょっとどうにかしないとこの屋台破綻するわ!」


リディさんの声掛けで、族長を含め手伝ってくれた人たちが集まり、明日以降の対応についてどうするか話し合うことになった。

練習で屋台を出しておいて本当に良かった。

祭り本番だけだったら、もしかしたら1日中屋台をして、お祭りの要である世界樹を見ることすらできなかったかもしれない。


「残り数はどれくらいあるのかしら?」

「あと、1500くらいで」


アイテムボックスの残数を確認するとそれくらいしか残っていなかった。

以前から屋台を出していた人に販売している数を聞いたところ2500人くらいと聞いたのでその数を準備していたのだが、今日だけで1000本ほど売れてしまったことになる。

祭り本番も含めて残り2日。

今日のペースで売ってしまうと確実に足りない状況だ。


「祭り当日はもっと人が来るから、今日の倍以上は売れるわね…」

「通常の屋台なら倍くらいで足りるけど、リサちゃんのは新しい商品だし。その3倍は欲しいところだな」

「ヒィ!」


今から3倍も準備しなくてはいけないと考えると、目の前が真っ暗になりそうだ。

屋台を出しながら3000本以上準備するのは不可能に近い。

軽い気持ちで出した屋台でこんなことになるなんて…。


「リサちゃん1人でしなくていいのよ?」

「そうそう。これだけ人がいるし!大体全員に売らないといけないってわけじゃないし」

「えっ?いいんですか?」


私の屋台だし、どうにかしなくちゃって思ったけど、全員に売らなくてもいいの?


「いいのいいの!食べられなかった人は残念ってだけだし」

「絶対食べたい人は自分で作ればいいのよ!」


すごい割り切り方だ。

寿命が長いエルフだからできるのかな。

逆に寿命が短い人族だから刹那的でせっかちなのかもしれない。


「折角のお祭りなのよ!初めて参加するリサちゃんが楽しめないのはだめ!」


念押しされるように注意された言葉に頷いた。

今までの感覚だと売れるときは売れるように考えていたけど、折角のお祭りなんだからゆっくりしてもいいんだよね。


「全員交代して1日中売ることもできるけど、したくないわよね」

「時間制限を設けたほうがいいな。お昼後の3時間くらいの営業でどうだろう?」

「屋台は2台準備して同時に4人ずつ購入できるようにすればマシかしら?」

「個数にも制限を設けたほうがいいわね。予め1人2本まで、1日1000本のみの販売とかにしておけばいいわ」

「足りない分は午前中に手分けして準備すればさほど時間かからないでしょう」


何も話していない内に内容はどんどん決まっていく。

とう言うかこれはすべてお任せする流れになっていない?


「いいのいいの!慣れないことで疲れたでしょう?」

「こういうことは無駄に長生きしている連中に任せておけばいいんだよ!」


まるで心を読んだかのようないいタイミングで、疑問に応えてくれた。

胸を張ってウインクしてくれるのはとってもお茶目だけど…。

じいじと同じで本当に心が読めるとかじゃないよね?


「明日の売り子はこっちでしておくから。リサちゃんはチーズドッグの準備をお願いできる?」

「はい!大丈夫です!」


売り子は今日も手伝ってもらったから安心してお任せできる。

売ることに集中するためライブキッチン風のイベントは諦めるしかないけど、これ以上に忙しくなるわけにはいかない。


ちなみに売り子を代わってくれたのはエルフ以外のせっかちな連中の存在があったからだ。

チーズドッグの評判を聞きつけて屋台に来たのに、お昼後しか空いていないことや個数制限になったことを不服に思った連中が絡んでくるだろうと予測して、対応に慣れていないリサにその対応をさせないためだったと後から知ることになった。

そして実際に対応した皆さんが絡んできた連中にきっちりお灸を据えたようだ。

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