91 拡張魔法の練習2
じいじが禁術を使ったなんてまったく気づいていないリサは嬉々として魔法の練習を始めた。
リサのために作られた拡張魔法練習用の水槽にファイヤーボールを唱えても小さな火花しか展開しない。
しかもすぐ水によって消火されている。
じいじが言った通り水素の因子を変化させる普通の魔法は使えないようになっているようだ。
「じいじ!すごい!本当に使えなくなっている!これなら気を使わずに練習できるよ!」
「当然ですよ。ささ、練習に集中してください」
「はーい!」
水素爆発がなくなり、心置きなく練習できるとはしゃぐリサをじいじは微笑ましい表情で見守った。
そしてその場に1人だけ微笑ましく感じていない者がいた。
「ちょっとおじいさま?あれ禁術ですよね?」
じいじが使用したものは魔術師の使える魔法を制限する魔法で一般的には禁術とされる。
自分勝手に他人の魔法を封じることができるためだ。
一部その魔法を流用した魔法道具が存在しているが、それは犯罪者の魔術師に魔法を使用できなくするためのものになる。
じいじのように一部だけ魔法を使用できなくなるような高度な魔道具は存在していなかった。
今、しれっと作られたけど。
「外に出さなければいいのですよ。あれは拡張魔法の練習用の道具。それ以上でもそれ以下でもありません」
「そうですか。…そうですね」
グローリディアは本当にそれでいいのかと悩んだが、そもそもエルフの里に外部者が来ることは稀である。
そうであれば、外部に漏れてこの道具を奪いに来ると思う者はいないに等しい。
リサの練習が終われば撤去されるものだからそんな気にする必要もない。
あとは族長にだけそんなことがあったことを共有しておけばいいだけの話だ。
何気にヤバい事実をグローリディアは何でもない事実と自分に刷り込むように思い込ませた。
「ありがとうございました!」
ひたすら水の中でファイヤーボールを打つという数時間の修行により、リサは拡張魔法を取得できた。
最初は魔力を変換するという感覚が掴めないようだったが、魔力の流れをよく観察しているとコツみたいなものを見つけた。
普通の魔法は身体から抜けた魔力が集約してその魔法に変化するのだが、拡張魔法は魔力を集める時にその魔法になれとイメージすれば大丈夫になった。
些細な違いだが、結果はまったく異なる。
改めて魔法の奥深さを感じた。
一方リサを見守っていたグローリディアはまさか1日で取得してしまうとは思わず、本日3度目となる驚きを受けた。
エルフは長寿命のためか比較的穏やかに過ごす傾向があるため、1日でこんなに驚く日ができるなんてありえないのだ。
リサがそれを知ったのならば1日何度も驚きがある自分の人生ってと落ち込むこと請け合いの事実だが。
「おめでとう〜ほとんど1人でできたようなものだけどね」
グローリディアは自分で言って落ち込んだ。
リサに教えると張り切っていたのに、結果を見れば拡張魔法があることを伝えただけで、その後の実践はリサが1人で習得したようなものだ。
むしろグローリディアの方が水の中に燃焼する因子があることを教えてもらったくらいなのだ。
リサが1日で拡張魔法を取得できたのは、魔道具があったからとしても、何時間も根気よく同じことを繰り返し練習できたからだろう。
「いいえ!リディさんは新しい魔法を教えてもらいましたし、ずっと見守ってくれました!」
勇者モドキの時は訓練と称して1人で何十時間も剣の振り下ろしをさせられたものだ。
それと比べれば、いや比べ物にならないくらい充実した修行時間だった。
一瞬頭を過ぎったブラックな記憶を封印してリサはグローリディアにお礼を言った。
「そう?そう言ってもらえると嬉しいわ〜」
グローリディアはお礼を受け入れるか少し迷ったが、リサの素直なお礼を否定するのは違うと思い、そのまま受け入れた。
「リサ様、明日はもっと早く使えるように頑張りましょうね?」
「え”?」
「あら?」
リサとグローリディアの間に流れていた穏やかな空気が一気に壊された。
そんなこと気にしないとばかりにじいじはさらに畳み掛けるように話し出す。
「できたくらいで満足してはいけませんよ?拡張魔法はエルフの里の住人は誰しも使える魔法です。そこに甘んじてはいけません。今より、エルフより、早く正確に魔法を使えるようにならなくては」
リサができるようになって拡張魔法の修行は終わったように思えたのだが、じいじに言わせるとまだ発動できるようになっただけだという。
そしてじいじの言葉でリサは思い出す。
武術も魔法もスパルタな修行を課してきたじいじが1日で終わる修行を勧めるはずがないと。
「また明日もこの水槽でがんばりましょうね?」
「…はい」
がっくり項垂れるが拒否権はないと分かっているので、リサは素直に返事をした。
グローリディアはその間、リサとじいじのやり取りを理解できずオロオロしていたが、それに気づいたリサは逃すものかとグローリディアの腕を掴む。
「リディさん!明日も手伝ってくれますよね!?」
「な、何かすることあるかな〜?」
リサの尋常ではない迫力のある問いかけにグローリディアは素直に頷いてはいけないと悟った。
咄嗟にすべきことがないと伝えることで、明日は逃げようと考えたのだが。
「じいじがエルフの人より早く使えるようになれと言いました!つまり比較できる人が必要なんです!」
その回答に、これは逃げられないやつだ!とグローリディアは悟ったが、最後の望みをかけてリサに確認をする。
「そ、それはリサちゃんの横でファイヤーボールをずっと使うってことかな?」
「その通りです!よろしくお願いします!」
グローリディアの最後の望みも潰えた瞬間だった。
リサはグローリディアが承諾していないのにも関わらず、そのまま決定事項だと言わんばかりの笑顔でお願いをした。
グローリディアはリサの隣にいるじいじに救いの視線を投げたが、リサと同じような笑顔で返されるだけだった。
「わ、わかったわ」
承諾したものの、グローリディアはリサと同じように魔法を使い続けることができるか不安でいっぱいだった。
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