84 行動力のある脳筋

「ところで部隊長殿、先程我々を盗賊の仲間だと冤罪で捕縛しようとした経緯を詳しくお聞かせいただけますか?」

「あっ!」

「えっ?冤罪?」


ギルドマスターの牽制がなければ、部隊長は私たちを捕縛する気だった。

証拠もなしに思い込みで捕縛できるほど、部隊長の地位は高いということだ。

こんなことを続けていては冤罪を次々と生んでしまう。

そんなことを放置しておくわけにはいかない。

またいつか同じように冤罪をかけられることになったら、たまったもんじゃない!


「部隊長、どういうことです?こちらの方はドラゴンという脅威から救ってくれた、言わば命の恩人です。それは当放牧場のみでなく街の恩人と言ってもいい方に盗賊の冤罪とは?」


先程まで穏やかな笑みを浮かべていた牧場主が無表情になったかと思うと、部隊長に向かって非難を含んだ声で問い詰める。

それに焦りを感じる部隊長がどう説明したものかと目を泳がせる。

下手に誤魔化すと、経験豊富なダブルご老人にさらに追求されるやつだ!

こういう時は関わらず、じいじたちに任せて私はソファーに座ったまま準備された紅茶を飲んで待つことにした。


ダブルじいじの聞き取りで明らかになったのは微妙な内容だった。

まず捕縛スピードが異常だったらしい。

まず首都からローウまで普通の人の徒歩だと5時間くらいかかるらしい。

朝に出発して休憩を挟みつつ夕方頃に着く感じだ。

私たちが盗賊退治して捕縛した地点は首都とローウの中間地点で、伝言を頼んだ旅人さんがローウに着くまで約2時間かかったようだ。

それから斥候の兵士たちが馬で盗賊を捕縛したところに到着したのが1時間後。

それがちょうど私たちが拠点から盗賊を引き連れてきた時だったらしい。

旅人から聞いた話を信じるなら3時間ほどで森の中の拠点を潰したことになる。

森の中の拠点を探し、20人を超える盗賊を殲滅するにはあまりにも早すぎる。

そして待っていましたとばかりに兵士が到着した時に現れるタイミングの良さが逆に怪しく感じたそうだ。

更にいうならその冒険者が小娘と年寄りだというから信じれというほうが難しいと部隊長は強調する。


「怪しいとしてもだ、証拠がないなら捕まえるなんてできないだろう?」

「それは、そうなんだが…」

「捕まえた盗賊からもそんな証言出ていないんだろう」

「後で助け出すために口裏を合わせていると」


劣勢だと分かっている部隊長はごにょごにょ不満げに呟くが、どうやら自分が言っている矛盾に気づいていないようだ。

盗賊を捕縛できない小娘と年寄りがどうして脱獄を成功させることができると思うのだろうか。

しかもその言い方だと街の兵士がへっぽこだと言っているようなものでは?


「で、それ誰に言われたことだ?」

「部下のザムイだが?」


それがなんだ?と言わんばかりの部隊長の顔を見て理解した。

つまりこの部隊長は脳筋なのだ。

あまり深く考えず部下の意見をそのまま鵜呑みにしてしまう感じの脳筋。

ギルドマスターも部隊長が部下に誘導されていると感じて質問したのだろう。

今回のことはその部下に見事に踊らされているように感じる。

ただわからないのはその部下が何でそんなことをしたかと言うことだ。


「ギルドマスター、実はこんなものがありまして」


じいじがそう言いながら数枚の書類を取り出し、ギルドマスターに渡す。

このタイミングで?という顔をしながら受け取った書類を見るギルドマスターの表情が険しくなっていく。


「じいさんこれ、預かってもいいな?」

「えぇ、私たちには不要ですので。ぜひ害虫駆除にお役立てください」

「ん?」


じいじとギルドマスターは目を合わせるとお互いに笑いあった。

何かを企んでいるのが丸わかりです。

そして部隊長は置いてきぼりにされている。

まあ脳筋だからね、当然だね。

情報を教えても中途半端な理解で行動されるほうが迷惑になることもあるから。

行動力のある無能ほど迷惑なものはないからね!


「じゃ、ありがとな!昼時に邪魔したな!」

「いえ、よろしくお願いします」

「ほら、部隊長もさっさと帰るぞ」


そう言ってギルドマスターは部隊長を引きずって帰っていった。

いくつか疑問は残ったままだけど。

部隊長の部下はなんで冤罪を引き起こそうしたのか、土下座される後ろ盾ってなんのか、じいじが渡した書類が何なのか。

考えても仕方ないし、深入りしないほうがいいこともあると知っている。

じいじがそう判断したのなら、私は聞かないほうがいいよね、精神安定のためにも。

今は用意してもらったチーズフォンデュを中心とした名産の料理をいただくことに集中する!


「ご希望だったチーズフォンデュです。あと放牧の傍らで作っているベーコンなどもご用意しました。どうぞご堪能ください」

「うわー、おいしそう!」


並べられた豪華な食事に思わず声をあげる。

さっそく進められたベーコンをチーズフォンデュに入れる。

持ち上げた瞬間に伸びるチーズをクルクルと巻き取ると漂ってくる濃厚なチーズの香り。

その香りに誘われるように口に入れた瞬間、滑らかなチーズの味わいとその合間から溢れてくるベーコンの肉汁、そしてベーコンにかけられていた胡椒のピリッとしたアクセント!

うん、美味しい!


「徹底管理した素材だからこそ、シンプルな味付けでも美味しいですね」

「うんうん!チーズもだけど、ここで作られたベーコンも美味しいよ!後で購入できないか相談してみよう!」

「はい、そうしましょう。こちらの野菜も美味しいですよ」


じいじに言われ茹でてある野菜をチーズに絡める。

野菜のあっさりした味にもチーズは合う。

本当に何でも美味しくなるよね〜

そうして穏やかな昼食の時間を過ごした。



その後、無事にベーコンも購入でき、ギルドマスターに言われた通り冒険者ギルドに向かうことにした。

ドラゴンの討伐の報奨金をもらいに行くのだ。

ただ、素直にドラゴン退治の報奨金を受け取りに来ましたと受付の人に言うとひと悶着あるような気がするので、牧場主からギルドマスターに渡すものがあると伝えて呼んでもらうようにした。

もちろん嘘ではない。

心配をかけたお詫びとして牧場主からギルドマスターへのお礼のチーズを受け取ってきたのだ。

ギルドマスターもメインの用件は報奨金の受け取りであることにちゃんと気づいた。

案内された応接室にはギルドマスターとテーブルに報奨金が入っていると思われる袋が置いてあったのだ。

このギルドマスターは一見、脳筋に見えるけど、ちゃんと状況を理解できるギルドマスターなんだな。

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