71 貴族と商人
「いえいえ、リサ様も同様に被害に遭われた方なのですから、謝る必要はございませんよ」
「色んなレシピの登録を対応してもらったり、教えてもらったりしたのになんだか申し訳ないです」
「リサ様とのお話はとても楽しいものでしたよ?久々にワクワクするレシピばかりで心が踊りました」
まるで恩を仇で返してしまったように思ったが、エミリーさんは優しい笑みで否定してくれた。
本当にいい人に対応してもらえてよかった。
「リサ様が困惑されているのは重々承知ですが、正当な手順で売上を上げられている方は規定に則ってランクをあげなければなりません。今後同じことが起こった際、その人のランクを上げることができなくなるからです」
優しい笑みから一転して、真剣な表情でエミリーさんがランク上げが必要な事を説明してくれる。
ランクを上げるのを拒否してしまえば、次の人が困ることになる。
数日でDランクになってしまった戸惑いはあるが、別に見せびらかすわけでもないから、絡まれるということも、きっとないと思いたい。
「そうですよね。わかりました、Dランクありがとうございます!」
「良かったわ。ランクアップの登録をするからギルドカード預かってもいいかしら?」
「はい!お願いします!」
ギルドカードを受け取ると、爽やかな笑顔でエミリーさんはギルドカードを更新しに部屋を出た。
エミリーさんが戻ってくれば、もう後は宿に帰るだけかな?
「リサ、もう怒ってない?」
「えっ?怒ってないですよ?」
シエラさんの思いもかけない言葉に驚いた。
花畑職員の時は関わりたくない一心だったけど、エミリーさんが来てからは笑顔だったと思うし、どうして怒っていると思われたのだろう。
「あの変な職員が来たとき、国を出るとか言って、私たちのことも置いていこうとしていたから」
「あー言われてみれば」
あの時は我慢の限界がきて、ちょっと短絡的になっていたように思う。
人の都合に振り回されて自分の思い通りにできない状況に嫌気がさして暴走していたみたいだ。
思い返すとちょっと恥ずかしいけど、ここは素直に謝る。
「ごめんなさい。ちょっと我慢ができなかったみたいで」
「いいえ、私たちも驚いてリサちゃんを守る余裕がなかったわ。ごめんなさい」
「次同じことが起きても…いいえ起きないようにするわ。だからせめてこれは持っていて」
そう言ってリンダさんが渡してきたのは、先程リンダさんに返してしまった後ろ盾の証だ。
怒りに任せて返してしまった手前、受け取りづらいけどリンダさんの目は決して引かないと伝えてくる。
「いえ、でもこう言っては悪いですが、後ろ盾にならない証を持っても意味がないかと」
「あれは!小物過ぎて頭が回らない馬鹿だったから起こったことよ!これがあればこの国の大抵のことはどうにかなるはずよ」
国単位でどうにかなる後ろ盾とか余計に怖くて受け取りたくないんですけど。
でもリンダさんも引いてくれなさそうだし、商業ギルドカードと同じようにアイテムボックスの肥やしにしておけばいいかな。
「わかりました」
「良かった。今回のことは本当に迷惑かけたわ。これ以上はリサに迷惑がかかることのないようにするから」
おずおずと後ろ盾証を受け取りマジックバッグに仕舞うと、リンダさんは安堵の表情を浮かべた。
リンダさんちゃんと心配してくれていたんだな。
最初はどこかツンとしていたように感じていたけど、今は親身になってくれていると思う。
「良かったよ〜これで仲直りだね!」
「シエラさんったら!別に喧嘩していたわけじゃないですよ?」
ちょっとばかりぎこちなかった空気がシエラさんの明るい声で払拭されていく。
それに釣られクスクスと笑い声があがる。
「いやいや!リサさっきまで私たちのことなんか知りませんって感じだったよ?まあ私たちも悪いんだけどね〜」
どこぞのリンダさんの真似をするシエラさんに首をかしげる。
周りから見たらそんなツンとした態度に見えたのだろうか。
「それもあるけど、それより私はリサちゃんが副ギルドマスターに気を許しているのが不思議かしら?リサちゃん案外って言ったら失礼かもしれないけど警戒心強いでしょう?」
「そうね。数日一緒に行動した私たちより気を許しているみたいだったわ」
「あー確かに!あの人の姿見たら、コロッと態度が変わったよね?」
自棄になっていて自分の感情もよく把握できてはいなかったが、エミリーさんが来てから頑なだった気持ちが緩んだ気がする。
「あーエミリーさんは、まあ商人だからかもです」
言われて思ったが、リンダさんたちはどちらかというと貴族側の人たちなんだと思う。
祖国で受けた仕打ちもあって、王侯貴族の人の善意がどうも信じられないみたいだ。
それに比べエミリーさんは商業ギルドの職員だが、その根底にあるのは商人なんだと思う。
私を優遇するのは、それをすることで商業ギルドの利益になって自分の影響が大きくなることを予期しているからだ。
もちろん商人見習いのひよっこのフォローをするという善意があるのもわかってはいるが、そういった利己的な理由も見えるから逆に安心するのだ。
あと海千山千の商人たちを捌いてきた経験からか、人が不快に思うところには立ち入ろうとはしないところもありがたい。
嫌がることを強制せず、あくまでも利益になることを提案してくれるからストレスもない。
「リサが貴族の人を嫌がるのって、やっぱり嫌なことされたから?」
「…うん。嫌なことがあったから、同じ轍を踏みたくて。だからあまり関わりになりたくない感じですね」
王侯貴族の人も全員が悪い人ってわけじゃないのは理解しているんだけど、善意であっても関わりが増えれば絡んでくる人はどうしても出てくるんじゃないかと思う。
それなら最初から関わらなければいいと、短絡的な考えだとわかっているけど、それを選んでしまう。
せめてもうちょっと、自分一人でも対抗できる自信がつくまでは。
「大丈夫。これからは王侯貴族の窓口は私が引き受けるわ。リサはリサらしくしたいことをしなさい」
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