70 Dランク昇格

「ふふふ、そうですよ!先日登録されたソース・デザートのレシピをチキンステーキの店長とホテルの料理長が即日購入され、その時に他のレシピもあるって紹介してみたら全て購入されていきました!」

「全部…?」


ソースとデザート以外にも遠征のときに提供した料理レシピを、主に味付けが違う定番おかずやふわふわパンのレシピを登録したけど、それを全て…?


「そして今登録していただいた保湿剤のレシピですが、登録と同時にレシピの購入と現物の販売が決まっておりまして、その売上が既に計上されました」

「売上って売れた?えっ?販売ってレシピは今登録したばかりですよね?作れないですよね?」


作り方を登録しただけでどうやって販売ができるんでしょうか?

もしかして作り方知られていたの?いやでもそれだとレシピの登録はできないはずだし?

作り方知っているなら先に登録して作ればいいだけだし?

疑問が解決せず続けざまに情報が放り込まれスペースキャット状態に陥っている私を余所にリンダさんが納得したように声を上げた。


「あー多分見本として渡した分を購入したということにしたのね」

「その通りです」

「どういうことですかぁ?」


見本っていうのは後ろ盾をもらってくるために、こんなの作って見たんですよってお渡しした試供品のことですか?

試供品がなんで購入になるんですか?

リンダさんとエミリーさんはわかっているようだが、ちっとも状況がわからないため答えを求めて声を上げてしまう。


「高位の立場の人になると、容易く贈り物を受け取ることはできないのよ」

「献上品とかないんですか?」

「自領で珍しいものが発見されてそれを献上したとしても、その対価に褒美を与えるようにしているの。何故か分かる?」

「えっと、賄賂になるからですか?」

「そう。賄賂として騒ぐ面倒な者たちがいるからよ。自分がする場合はさも善意からっていう口ぶりのくせに」


そんな人がいるから理由もなく、しかも今回の保湿剤のように有益なものをタダでもらうわけにはいかないとなったらしい。

もし露見すれば何もないのに、何か見返りをしたんじゃないのか?贔屓したのではないか?など口さがない奴がいるそうだ。

貴族っていうか責任のある人はやっぱり大変だなっと改めて思った。

しかしそれでもちょっとおかしいので突っ込ませてもらいたい。


「Eランクにあがるのは年間の売上額が2万G必要でしたよね?」


最初に説明してもらった時にちらっとだけ聞いたけど、Eランクに上がるためには年間の売上額が2万G、つまり前世だと約20万円くらいないといけないらしい。

前世からしたら年間20万円ってことは1か月1万5000円ちょっと販売すればいいだけだからフリマアプリとかでやろうと思えばできるとか思うかもしれないけど。

異世界にはネット市場なんて存在しないから、Fランクは地道に路上などで販売することになる。

だから駆け出しの商売人が本当に商売に向いているかどうかの指標になるのがEランクだ。


私が販売するのはレシピのみで、おかず系とかソース系のレシピは大量生産がしやすいけど、単価はそんなに高くない。

だから複数のお店で展開するとしてもお店での販売金額は400〜500万円前後でレシピの使用料はその5%。

来年くらいにはEランクに上がるけど、Eランクで落ち着くだろうという話しだったはずだ。

まあだからエミリーさんはお店作って、年間1000万円以上稼いでみませんか?みたいな提案してきたんだけど。


「Dランクに上がるためにはEランクの倍以上の売上がいるって言っていませんでしたっけ?」


それで問題のDランクだが、Eランクより上のランクになれるなんて思っていなかったので、商業ギルドに登録した際にそこまで詳しく聞いてはいなかった。

エミリーさんも基本であればEランクに上がった時にDランクに上がるための条件を詳しく説明するからと省略していたが、ただ、Eランクの年間20万円の倍以上は必要だと言っていた覚えがある。

仮に2倍だとしても年間40万円の売上…逆算するとつまり保湿剤の販売価格は最低でも800万円。

しかもそれが既に売れているってこと…?


「保湿剤の販売価格がとんでもないことに…」


だって保湿剤だよ?前世の大手メーカーであればそれくらいの売上は取れていたかもしれないが、万単位で大量生産と販売をしているからこそだ。

それに保湿剤なんて千円前後、高級品でも1万円前後で売られていたはずだ。

私が作ったのは百未満で、リンダさん達に渡した数だって数十個だ。

1つ1万円としても数十万円の売上にしかならないはずなのに!それが800万円以上!

桁が、違います!!

自分で計算しておいてなんだが、とても信じられる金額ではなかった。


「リサ様の言いたいことはよくわかります。けれど諦めてください」

「えっ?諦め?」


困惑する状況に共感しつつも止めとばかりにエミリーさんはスパッと言い切った。

目尻を下げたエミリーさんの表情からどうしようもなく仕方のないことだと伝わってくる。


「身分が高貴であればあるほど、良いものを安く買ってはいけないの」

「今回が特別なだけよ!リサが作ったものだけが高級品なだけで、レシピを見た薬師が作る保湿剤はそこまで高級品にはならないはずよ?」

「私が作ったものが高級品…?」


リンダさんとシャロンさんの説明でさらに疑問が増えていくのでお願いして説明してもらった。

何でも開発者が手掛けた流行りの商品は先駆け的なプレミアム品扱いになり、特別な価格がつきやすいそうだ。

さらに初売り品であればなおさら。

しかもその商品の影響力が高ければ高いほど価格も上がるという。

今回後ろ盾になった人は本当に影響力の大きい方で、その方が購入されたのであればまず間違いなく流行るということで、価格が爆上がりしたようだ。


「とても珍しい状況です。通常はレシピを登録して、それが流行ったらレシピ考案者の手掛けた商品がプレミアム価格で販売されるという順番なのに、今回に至っては真逆に手続きしている状態でした」


レシピ登録もされていない品の金額を設定するのは本当に大変でしたとエミリーさんは遠い目をした。

もしかしてエミリーさんが応接室に来るのが遅かったのはそんな理由もあったのですか!?


「大変!お手数をおかけしました!」


あのコネで商業ギルドの職員としてねじ込んできた貴族筋の花畑職員を適当にあしらうエミリーさんがこんな現実逃避するような目をするなんて、相当無茶な対応だったに違いない!

花畑職員の対応すら億劫だった私には想像もできない気苦労があったはずだ。

ジャンピング土下座とまではいかないが、深く深く頭を下げた。

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