68 傍若無人なお花畑職員
あまりの暴言に聞き流していたのだが、反応のなさに職員が勝手にヒートアップしていく。
流石にその中に聞き流せない言葉があったので、問いかけると職員は一瞬詰まったが、その後ニヤリと笑いながら再度要求する。
反応があって嬉しいということと自分の優位性を示すことが楽しいと言わんばかりの表情である。
さてどうしよう。
横暴な貴族がいたら反撃していいというお墨付きはもらっているが、まだ手を出されたわけではない。
でも脅迫されている現状は精神的には被害を受けたと取ることもできる。
それならば手を出されていると考えていいのだろうか?
ならばこちらも精神的に手を出してみるか。
「こちら、何かわかりますか?」
「はぁ?何よそれ!」
もらった後ろ盾の証を取り出してみた。
離れていたからか、相手は目を細めて後ろ盾の証を見つめる。
一瞬驚いた顔になったが、すぐ首を横に振って睨みつけてきた。
「そんな偽物で私が怯えると思ったの!」
「そう思われるんですね」
もらった後ろ盾の証は偽物と一蹴されてしまった。
これ、後ろ盾の意味あるのかな…?
相手に効かない後ろ盾であれば、もらってもどうしようもない。
リンダさん達には悪いが面倒な相手に効かない後ろ盾では、今後の冒険者業にも支障が出てきそうだ。
どうやらすでに目をつけられているようだし、レシピの登録はせずに、サッサとこの国を出たほうがいいかもしれない。
「じゃあ仕方ないかな」
「そうよ!素直になるのが一番よ!」
リサの言葉に傍若無人なお花畑職員は観念したのだと勝手に思い込み喜んだ。
しかし残念。
諦めたとしても他者に利益を渡すなんてことは一切しない。
相手の愚かな考えに笑いそうになるが、それを堪えリンダさん達の方に顔を向ける。
「今回は非常に残念ですがご縁がなかったとお伝えください。あっ!深紫の涙は手数料としてお納め下さいとも」
「へ?あ?ちょっとリサ??」
未だ呆然として動かないリンダさんの手に後ろ盾の証を握らせ、さっと立ち上がりドアの方へ歩いていく。
「ちょっとどこに行くのよ?!」
「面倒なこと嫌いだし、権力で自分勝手に振る舞う人も嫌いなんです」
「平民が生意気よ!それなら力づくで聞くだけよ!」
傍若花畑職員の声に反応してドアの方から筋肉達磨な男が出てきた。
職員のボディーガードか。
商業ギルドの制服は着ていないので部外者なのだろう。
VIP部屋に暴漢が入ってくる商業ギルドって、本当に大丈夫なのだろうか。
まあ傍若花畑職員が手引きしたんだろうけど、そもそもこの職員を採用した商業ギルドに問題がある。
「さっさと言う通りにした方がお家に帰れるぜ?お利口にしないならそれは痛い目を見るガッ?!」
「そういうの良いから」
筋肉達磨は脅しながら既に腕を振り上げていた。
こちらとしても最後まで言い切るのを待つ義理もないので、振り上げた腕を暴力とみなし、空いたお腹に正拳突きを打ち込む。
「ちょ、ちょっと!ギルド職員に手を出す気?!良いの?!そんなことしたら商業ギルドを使うなんてできなくなるわよ!」
「使わなきゃいいでしょう?それにすぐ国を出てしまえばいいだけよ」
「ひぃ!」
ボディーガードが倒され権力も通じないとようやく理解した花畑職員は、自分に向けられる冷たい視線に腰を抜かし床へ座り込んだ。
自覚していなかったが、首都に着いてから色んな視線に晒されて、強要され、無意識のうちに溜まっていたストレスがこの騒動でついに暴発したようだ。
チートなじいじすら、ちょっと騒動はあるかもしれないけど、すぐレシピの登録して女性同士の楽しいショッピングをして帰ってくると思っていたくらいだ。
気軽に見送ったお出かけが、そんな騒動に発展しているとは露にも思っていなかった。
「はっ!リサ!ストップストップ!」
「こんなバカの戯言を真に受けなくていいのよ!」
「リサは座ってゆっくりしていればいいよ!ほら、このお菓子食べてみない!私のおすすめだよ!」
リサの国を出る発言にようやく正気に戻ったリンダさんたちは花畑職員を踏み越え、リサに近づく。
リサの気が立っていることを理解しているからか、けっして触ることはなく、リサを説得する。
「えぇ〜」
不満な声をあげながらも、リンダさんたちには非がないのはわかっているので、促されるままソファーへ座り、シエラさんが出したお菓子を1つをつまむ。
口に入れるとほのかな甘味と香ばしいナッツの香り、そしてザクザクとした食感がクセになる好みの味のクッキーだった。
デザートの種類は少ないけど、昔からあるクッキー系は味が追求されているみたいなんだよね〜
考えることを止め、クッキーを味わう様子を見て、リンダさんたちは安堵し、すぐさま元凶を睨んだ。
「な、何よ〜」
「これは一体どういうことでしょうか?」
リサの若干殺気が混じった冷たい視線のダメージからまだ回復していないお花畑職員が、リンダさんたちの視線に怯えた声をあげていると、第3者の声が入った。
「あ、あんた!受付の職員よね!私を助けなさいよ!」
「私は受付もしていますが、貴方の命令に従う理由はありません。まあ状況を見れば大体想像はつきますが…」
「あっ、エミリーさんだ〜」
聞いたことある声にドアの方を振り向くと、そこには連日レシピの登録に対応してくれたエミリーさんがいた。
商業ギルド=敵の思考に陥っていた考えは安堵に切り替わり、安心した声でエミリーさんの名前を呼んだ。
その声の変化にリンダさんたちは驚き、エミリーさんは起こったことを察したようだった。
「リサ様、ギルド職員が大変なご迷惑をかけたようで、申し訳ございません」
エミリーさんはその場で深く謝罪すると、すぐ後ろにいた男性職員に視線を向ける。
男性職員は頷いて倒れている筋肉達磨と座り込んでいる花畑職員を引き摺っていった。
「エミリーさんのせいじゃないですよ〜でもああいう人は雇うと商業ギルドの信用が落ちるので今後は雇わないほうがいいですよ?」
元凶がいなくなったので緊張した雰囲気は穏やかになった。
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