67 触らぬナントカに祟りなし(※前半警護視点)

「じゃあ、じいじまた後でね!」


楽しそうな笑顔で元気よく出ていった少女を見送った。

最初の警護として見ていたが、どこにでもいそうな普通の少女、ちょっと世間知らずな印象しかなかった。

けれど緋色の獅子の拠点に来て、その考えは大きく変わった。

普通の少女であれば【深紫の涙】を後ろ盾のお礼として渡すものではない。

価値を知らないだけの可能性もあるが、それでも説明した内容で高額なものであるとわかるはずなのに、それでも出し惜しむことしなかった。

さらにAランクの魔獣であるイビルベアーを簡単に狩ってくると言い切るとは思わなかった。

その言葉に嘘や虚勢を張っているとは感じなかった。

つまりあの少女の実力はAランクの魔獣すら軽く狩れるということだろう。

だがそれを考察する前に、今一番に警戒すべきは目の前のご老人だ。


「さて、何か聞きたいことがあるかと思い、この場に残させていただきました」


ソファーから立ち上がり穏やかな笑みを浮かべ、礼儀に則った綺麗なお辞儀をするご老人を目を細めて見つめる。

緋色の獅子から報告があった通り、身のこなしに隙がない。

凄腕の魔術師と聞いているがこの身のこなしを見るに武術にも精通しているのだろう。


「こちらからの質問に答えていただけると?」

「質問の内容次第かと」


確かに答えられるかは質問の内容次第になるな。

短期間での裏付けでは、隣国から来てリーンの街で冒険者登録したことまでしか掴めなかった。

その前の行動がわからなかったのは、単に時間がなかったからなのか、それとも以前の情報が故意に隠蔽されたものなのか。

どこまで質問していいものか悩んでしまうが、このタイミングを逃すと今後質問することはないだろう。

答えられなくて当たり前だと思って、相手の気が変わる前に、手当たりしだい聞いてしまおう。

そう決意し、大きく息を吸い込んで気合を入れ直す。


「彼女はどこか、高貴な方の血筋なのでしょうか?」


自分の気概を伝えるように、相手の目をまっすぐ見つめる。

相手も揺らぎがないまっすぐな目で見つめ返してくるから、何を思っているかも読めない。

そして少し見つめ合った後、相手はふっと目を緩めた。


「詳細は明かせないのですが、リサ様にも一応、後見されている方がいらっしゃいます」

「後見を?」

「そうです。その方の立場上、表明はできません。表明したら最後、国の争いごとに巻き込まれる可能性がありますので」

「表明するだけで、争いごとが起きると?」


相手の言葉に思わず動揺してしまう。

元々緋色の獅子の報告から、高位貴族の庶子の可能性もあると考えられていたが、もしかしてより上の可能性が…?


「そうですね。実際、別の国で感づかれてこちらの国に来たという経緯がございます」

「それは…こちらが知ってもいいものなのか?」


その情報がなければ、知らなければ、余計な画策を考える者がでないだろうに。

わざわざそれを告げる理由は、何かの画策の一手だろうか。

しかし相手は穏やかな表情のまま、一切表情を変えない。


「後見の方の名前など詳細を知らなければ問題はないでしょう。あくまでも想像の範囲を超えられないのですから。どちらかというと強引に囲われる方が問題です」

「彼女を囲うことがないようにということですか」

「幼い頃から酷い境遇で過ごしておりました。彼女の願いは自由に色んな所に行き、色んな事を体験することです。それに立ち塞がるようなことをされないようにと。もしされた場合は、強行手段を取ることになりますので」


穏やかなその笑顔が恐ろしく感じる。

殺気を放っているわけでもないのに、背筋が凍るように感じる。

そしてその言葉は嘘ではないと確信できる。


「わかりました。このことは上に報告しておきます」

「ありがとうございます」


こちらの了承を聞いて、得体のしれない悪寒は去った。

このご老人にとってあの少女は逆鱗なのだろう。

下手に手を出したら被害を受けるのはこちら側だな。


ちなみにじいじが言った公表できない後見の方とは主神のことだが、じいじとのやり取りでエストガース国の上層部は他国の王家の血筋と勘違いした。

もちろんそれがじいじの狙いである。

実際、王家よりも高貴ということは間違いなので嘘は言っていない。


リサは知らなかったが、警護をしていた彼のスキルには嘘を見破るスキルを持っていた。

もちろん本人が思い込んでいたらその限りではないが、思い込みにしては少女が身につけている品質が一般とは段違いであること。

さらに付き従っている執事の力量も格上で、思い込みではないと判断された。

それを知ったエストガース国としては決して手を出さず見守り、困った時のみ手助けするという方針に決定する。

そうしてリサの知らない間にエストガース国での最高権力の後ろ盾を得ることになった。



国の上層部からそんな判断をされていると知らないリサは商業ギルドに到着した。

窓口でエミリーさんを呼んでもらおうかと思ったのだが、その前にリンダさんが窓口に行き職員に何かを告げると職員は肩を跳ね上げた。

そして猛スピードで商業ギルド内に入っていった。


「別室に案内してもらうよう頼んだわ。あと対応する職員も選んでもらうようにしてもらったわ」

「そうなんですね」


選ばれた職員なら今回はエミリーさんで受け付けてもらえなさそうだな。

ちょっと専属っぽい感じで考えていたが、思い返せばエミリーさんに対応してもらったのは2回だけだし、専属と言うほどでもないと思い直した。

職員さんに案内して着いた場所は、広く豪華な装飾品がある部屋だった。


「これはいわゆるVIP待遇と言うやつでは?」

「後ろ盾持っている人が一般的な商談室に通されるわけないでしょう」

「多分リサはこれからここに案内されることになるから慣れようね〜」


リンダさんが何を当たり前の事をというような表情をして、シエラさんがいい笑顔で念押ししてきた。

例えばそれは、また料理にレシピを登録するとなったらこの場所で登録するということ…?


「…うん、必要最低限にしか来ないことにします」

「そんなこと言わずに〜良いものができたら登録してよ〜」

「シエラ無理を言うことじゃない「ここなの!」…?」


ノックもせずドアを叩きつけるように開けて職員が入ってきた。

何か怒っているように目を釣り上げた表情が可愛い部類に入る顔を醜くしている。

一応VIP部屋にいる客人に対する表情ではない。

あまりの暴挙に呆然としてしまう。


「すごいもの作った奴が来たって聞いたけど、なんだ平民じゃない?こっちで登録するからレシピを渡しなさい」


相手の表情に気づいていないのか、興味がないから敢えて無視しているのか、こちらに構わず職員は自分の要求を突きつけてきた。

平民とか言っているからもしかして貴族なのかな?

こういう傍若無人な人もやっぱりいるんだな。


「どうしたの?この私が言っているのよ?泣いて喜んで差し出すものよ?」


傍若無人の上にお花畑な人だった。

こんな人がよく商業ギルドの職員になれたな?

縁故採用だったりするのだろうか?


「黙っていないでササッと出しなさいよ!さもないと商業ギルドの登録を消すわよ!」

「商業ギルドの登録って一職員が消せるんですっけ?」

「…そうよ。私が望めばそんなこと簡単よ。だからサッサとレシピ渡しなさい!」

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