62 商業ギルド再び

翌日、宿の料理長にお見送りされ、商業ギルドへ向かうことになった。

元祖とか先駆けが一番売れるのだから、料理長にレシピを渡すだけで私は良かったのに、料理人のプライドなのか、受け取ってはくれなかった。

ちょっと重い足取りで商業ギルドに到着すると、せめて話がスムーズに進みそうなエミリーさんに対応してもらえるように姿を探したが、受付窓口にその姿はなかった。


「すみません、今日エミリーさんはいませんか?」

「エミリーですか?どのようなご要件ですか?」


大変申し訳なかったが受付窓口にいた女性にエミリーさんの居場所を確認してみるとちょっと訝しげに見られた。

エミリーさんはとっても対応が良いからもしかしたらストーカー的なものがいるのかもしれない。誤解されては大変なので、昨日対応してもらったことそれに関連した相談があり、スムーズに話ができるかと思って探していることを伝えると納得してくれたのかエミリーさんを呼んでもらえた。


「お待たせしました。昨日登録したレシピで何かございましたか?」

「お仕事中だったらすみません。昨日のレシピは問題ないのですが、ちょっと他のレシピも登録して欲しいとお願いされまして」


わざわざ呼んでもらって申し訳ない気持ちもあって、しょんぼりしてしまう。

でも店主や料理長の熱意というかプレッシャーを考えると登録しないわけにはいかないと2人から渡された手紙を取り出した。


「エミリーさんに教えてもらったチキンステーキ店の店長さんと今泊まっている宿の料理長からどうしてもと言われまして…」


エミリーさんは渡された手紙を読み始め、困惑した表情から驚いた表情へ、さらに険しい表情へ変わっていく。2人からの手紙を何度か読み直したところで、エミリーさんは手紙から顔をあげた。


「リサさん、飲食店を経営してみませんか?」

「はい?」


エミリーさんからとんでもないことを提案されたように聞こえたので思わず聞き直してしまった。エミリーさんは真剣に頷いた。


「飲食店です!手紙に書かれているような数多くのレシピがあれば、絶対成功します!それにチキンステーキ店の店主もまだまだ料理のレシピを持っていそうだと書かれています。その通りであれば、常に新しい料理を提供できます!首都の飲食店でも不動の地位を得ることができるはずです!!」


本人の困惑を置き去りにエミリーさんはすっごく熱の篭もった勧誘をし始めた。

なんだろう、どこかデジャブを感じるのは気のせいだろうか。

冒険者登録してから同じように熱弁してくる人が多い気がする。この国の人の気質じゃないよね?


「レシピの流出が心配なら奴隷を雇うという方法もございます!お店の経営ならレシピ登録料より遥かに稼ぐことができます!」

「お店の経営とはちょっと。他人の一生を背負うとそういうのは遠慮したいです」


熱弁しているエミリーさんには大変申し訳ないが、謹んでお断りさせていただく。

自分の店だとしても自分の自由にはできないだろうし、このレシピで稼げるイメージが私には持てない。さらに店員さんとか料理人を雇うとか考えただけで、頭が痛くなる。


「そうなんですか?それなら提携という方法もありますが?」

「提携?」

「レシピの使用料を無料にするのと、新しいレシピを一番先に知らせ売上の30%をもらうという契約もすることが可能だと思います!」


レシピ使用料5%でも破格だと思うのに、30%とかありえるのかな。エミリーさんを疑うわけじゃないけど。それに新しいレシピが出なかったらお店の経営としてどうなんだろう。


「いやいや、お店大損害ですよね?登録したレシピだって公開するんだから、他の店でも作ればそこまで利益は取れないでしょう?」

「レシピは登録だけして非公開にすることもできますよ?」

「いや、見たり食べたりすればわかるレシピを非公開にしても意味ないですよ!」


エミリーさんはニコッと朗らかに笑うけど笑い事じゃないですよ。

お店の経営なんて責任背負えない。そんなの無理、絶対無理!

私は自分の好きなことを自由にしたいのです!


「そうですか…残念です。リサ様は商いのことをわかっていらっしゃるので商売をされても成功できそうですのに」


エミリーさんはすっごく期待の眼差しを向けていたけど私の表情から絶対譲らないという気配を感じたのだろう。食い下がることもなくすぐに引き下がってくれた。

人に配慮してこちらに無理強いをしてこないエミリーさん、すき。


「それでは、大変かと思いますがお店で見せられたレシピの記載をお願いします。もちろんそれ以外もあればどんどん登録してくださいね!」


手紙を読んでおおよその数が予想できたらしく、10枚の登録用紙を差し出してきた。

ソースなんて7種類、しかも派生のところに使えると思える料理を記載していかないといけない。手がつりそうになる。

使える料理なんて使いたい人が使いたい料理に使えばいいと思うが、お薦めの料理が書いてあると使用する幅が広がって購入する人が増えるというエミリーさんの指示に逆らえない。

飲食店の経営や提携を拒否した手前後ろめたい気持ちもあるので、拒否せずひたすらレシピを書いていく。


「はい、すべて登録しました。お疲れさまでした」

「もうしばらくは商業ギルドに来たくないですね…」

「ふふふ、そんなことを言わずに。私の感ではまたすぐいらっしゃると思いますけどね」


エリミ−さんが意味深なことを言ってくるが勘弁してほしい。

元は私が考えたものではなく前世からの知識なだけなので、持ち上げられても居心地が悪い。

愛想笑いを浮かべてそそくさと商業ギルドを後にした。

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