54 肌着

「はっ!私としたことが、お客様の前でとんだ失礼を」

「い、いいえ。こちらこそ知らなかったことを教えてもらってありがとうございます!」

「貰い物でしたね…すごいですわ。こんなすごい一品を譲り渡す御仁がいらっしゃるんですね」


店員さんはほうっと憂いたため息をついた。

私は逆に白目になりそうだよ。そんなすごいもの着ていた自覚なんてない。

勇者を辞めることができたときに、女の子らしい服だとじいじが渡してくれた思い出の品でもある。

国宝以上とか言われてもこの服を着ないという選択肢はないのだ。

ただでさえ肌触りはいいし、動きやすいし、汚れにくい、そんな三拍子揃った服を着た後だと他の服なんて着れるはずない…!

でもまた同じように騒ぎになったらとても困るな〜


「あの、これって服飾関係の人から見たらすぐわかるものなんですか?」

「いいえ、それはないのでご安心ください。ちゃんと隠蔽されていましたから」


い、隠蔽。国宝以上の服に更に魔法を施していたなんて、じいじも一応気を使っていたんだね。

でもそれならどうして店員さんはわかったのだろう?

疑問に思って首を傾げたリサに答えるように店員さんは優しい笑みを浮かべた。


「自慢ではないですが、服飾士としての腕は国内で5本の指に入ると思っております。色んな素材を見てきた経験もございます!」

「えっ!」


国内で五指に入るなんて、高級そうな店だと思っていたけどこのお店、最高峰のお店じゃん!

リンダさんとシエラさんはなんでそんな場所に連れてきたの!まだDランクだよ!

例えCランクの中堅だったとしても、そこまで高給取りじゃないんだからこんな店来ないでしょう!

店員さんが説明している横で心の中でそんなツッコミを入れていた。


「それに今回は触れさせていただいたのが一番大きいです。私も見ただけでは、まさか?と思うだけで本当にこのような奇跡の一着が存在しているとは思いもよらなかったものですから」


説明しながら店員さんがまたうっとりと服を見ている。

服を作る人にとったら奇跡と思えるほどの素材が使われている服か…。


「おじいさんすごいね!」

「そんなものをポンと渡せるなんて一体何者?」

「チートなじいじとかしか…」


リンダさんが引いた顔して聞いてくるけど、じいじはじいじとしか…。

気軽にとんでもないものを渡してくるんだから。

そうだ!宿に帰ったら持っているものを鑑定してみよう!

鑑定スキルを持っているのに全然使っていなかった!そうしよう!

いい方法を見つけた!と喜んだ私は、意気揚々と帰った宿で持っていたアイテムを鑑定してみたが、アイテム名称とじいじから聞いた知っている機能しかわからず、項垂れる結果になることをこの時は知らなかったのだった。


「そちらの品に及びませんが、ご希望の品はこちらになります」


仕切り直すように店員さんが2人の要望の品を並べた。

高級店ということもあって、並べられた品はどれも要望に沿った上、デザインセンスがない私から見ても美しい品だとわかる。

肌着にはどこにも汚れやほつれがないことを見るとこれは新品のようだ。

魔法はあっても基本の作業は人力の世界なので平民は中古が当たり前なんだけどさすが高級店、新品を取り扱っている。


「良い品が揃っているわね。1枚のつもりだったけど、予備も買っておこうかしら?」

「どれもお薦めの品ですよ」


目が肥えてそうなリンダさんから見ても良い品のようだ。

良いものの新品を複数なんて、とてもCランクの冒険者とは思えないんですが。


「リンダさんお金持っているんですね」

「そこそこ稼いでいるわ。シエラと違って食べ物にお金がかかることもないから」

「そんなことないよ!私だってちゃんと稼いでいるんだから!」


言うつもりのなかった心の声がうっかり漏れてしまったようだ。

Cランクでやり方によっては稼げるのかな?そしてシエラさんはやっぱり食費がかかるんだね。思っていた通りだったよ。

そんなことを言い合いながら、リンダさんとシエラさんは自分が欲しいものを購入した。


「途中で話が逸れたけど、リサは欲しいものとかないの?ワンピースはまあ、防具不要の最強装備だってわかったけど、リンダみたいな肌着とかは?」

「肌着は持っていますが、ここに出すは憚られるようなものですね」


シエラさんにそう聞かれ、持っている肌着を思い浮かべたのだが、それは勇者時代から使用しているものだった。

前世の感覚では男女兼用のタンクトップ的な肌着なのだが、今生の感覚だと完全な男性用の肌着だ。

しかもかなり使い古しものだ。


「じゃあリサも買っていこうよ!買い変える機会だよ!」

「肌着も身だしなみの1つよ。見せるのも憚れるようなもの捨てなさい」

「そうですわ!ぜひともそのお洋服に合うものを!」

「洋服に合わせるとものすごく借金する羽目になるので、ほどほどでお願いします!」


ショッピングでテンションの上がっている女性陣に抵抗するほど無謀なことはない。

女性3人に後押しされ、私に合いそうな肌着一式が並べられ、さらに試着を進められた。

そして試着する際に着ていた肌着を見られ、とてつもない猛抗議を受けた。


「年頃の女性が男性ようの肌着を、しかもそんなボロボロの肌着を着ない!」

「お金だってあるんだから買い変えなさい!これはこちらで処分します!」

「まさかまだ他にも同じようなもの持っているって言うんじゃないでしょうね?」


目のつり上がった女性陣に今持っている肌着をすべて出すよう脅迫めいたお願い(?)をされ素直に出した。そして持っていたすべての肌着は回収というか処分されたのであった。

仕方ない、いつの時代も美に拘る女性には逆らえないものだから。

そんなこんなで肌着を複数手に入れ、宿への帰路についていた。


「まったくリサには困ったものね」

「さすがに、まさか男性用の肌着を着ているとは思わなかったよ〜」

「いや〜面目ない。貧相な村の出なので、そこまで着るものに拘っていなかったというか」


村娘の時も擦り切れていないのであれば御の字。

勇者時代も男だと思われていたので支給されたのは男性用の肌着で、しかも見下されていたから中古の、かなりボロの肌着であった。

前世の記憶があるから今ではありえない対応だとわかるけど、当時はちゃんと着れるものが無料で渡されるなんて驚いたものだ。


「村の出にしては、なんていうか、貧相な感じがしないわよね?」

「それはじいじが教えてくれたり、服とか譲ってくれたりしてくれたからでしょう」

「相変わらず敬語が抜けないけど、それがなかったらどこかの令嬢かと思われるくらいの雰囲気よ?」

「そうそう!髪もサラサラで艶々だし、肌もキレイだよね?」


そう言われると心当たりがある。野営の時は浄化魔法で清潔にしているけど、街の中ではこっそりお風呂に入っている。浴槽を準備すれば、お湯は自分で出せるし、じいじからもらった髪と体用の石鹸を使っていたから。

そう言えばお店で石鹸を見た記憶がないけど、まさか売っていないとかないよね?


「えーっと」

「何か隠そうとした?」


なんと言っていいかわからず、思わず目を逸らしてしまった。

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