39 対価

「お金以外の報酬?」

「そうです。何かして欲しいことないですか?」


して欲しいこと…。

魔法や剣術はじいじに教えてもらえるし、美味しいご飯は自分で作ったほうがよさそうだし。

冒険者の経験談…もじいじに比べたらインパクトなさそうだし、報酬としてもらうほどでもないと思う。


「う~ん、とくに無いかな?」

「ないのかよ!」


要望を待っていたらしいラウルさんがズッコケながらツッコミを入れてきた。

動きがお笑い芸人っぽい人だな。


「まだ思いつくほど経験が足りていませんね。では私からの提案です。1つ目は今までの冒険談を聞くこと、これはどんなどんな魔獣を倒したや薬草を採取した他にどういう報酬だったか、どんなやりとりをしたかも含みます」


自分が却下した冒険談が入っていた。インパクトがなさそうなのに聞く意味あるのかな?

そんな私の表情にすぐ気づきじいじは「あくまでも1つ目です」と微笑む。


「2つ目ですが、主な報酬はこちらですね。街で宿泊する時に対戦をしてもらうことです。あまり対戦したことのない斥候や盾使いなら1対1で、それ以外は複数対1で行ってみるのがいいでしょう」


対戦か、いるかな?

普段はじいじとしているし、一応魔王戦も経験したし。

豊富とは言えないけど、じいじとしていればいらないと思うけど。いやじいじだから何か別の考えがあるはず。


「私とばかりしていては自分の力を正確に把握できませんから。相手の息の根を止める覚悟で全力を出せば大抵はどうにかなるでしょう。でも相手を生きて確保する時や周りを考慮して戦いをするにはリサ様はあまりに経験が少ないのです」


一般人であればそんな経験は不要でしょうが、冒険者になるということであれば、経験は多い方がいいでしょうからとじいじは説明する。

そう言われれば納得する部分はある。力の強化じゃなくて、手加減の仕方を覚えるのが目的なんだね。


「魔獣の討伐も何度も練習して手加減を覚えて、魔獣の傷を少なくすることで、多くの素材を得られるようになったでしょう?それと同じことですよ」


じいじに魔法を教えてもらい、初めて魔獣を相手にしたときは散々だった。

じいじの魔法を見本に同じように発動させたと思ったのに、大きさも威力もまったく違う魔法になって、倒した魔獣の素材は欠片も残っていなかった。

前世にはなかった魔法に憧れがあったから、余計に思い通りにならない威力にショックを覚えた。

それと同じことを人でしてしまう可能性がある。じいじが伝えたいのはそういうことだ。


「対戦お願いできますか?」


下手したら怪我を負わせてしまうかもしれないけど、回復魔法も習得しているから治せる事も伝える。アイテムボックスの使用と日中の食事を賄うことが対戦の対価になるとは思えないから恐る恐るリーダーのエイルさんにお願いしてみる。


じいじとのやり取りを聞いていた緋色の獅子の人たちはお互い視線を巡らせて頷くと「こちらこそよろしく」と笑顔で返してくれた。

その対応に一安心する。



「本当に、どんな育ち方してんだよ」


打ち合わせが終わり、誰もいなくなった部屋でギルドマスターが他の人には聞こえないくらいの小声で呟いた。

アイテムボックス持ちはとても貴重で、大体が貴族に囲い込まれている。だからアイテムボックスを利用できるというのは平民とって一生に一度あるかないか。

冒険者でもマジックバッグが精々で、アイテムボックス持ちで冒険者になる奴なんて殆どいない。そんな奴は容量が少ないか訳アリの奴だ。

とても貴重な経験なのだ。しかも模擬戦については緋色の獅子のメンバーにとっても価値がある。

剣も魔法もどちらも使える相手にタダで鍛えてもらえる上に、怪我をしたら治すとまで言われたのだ。


「つうかあの嬢ちゃん回復魔法まで使えるのかよ」


回復魔法は治療できる範囲が広いこともあって、その才能がわかった時点で貴族や教会などに召し上げられることが多い。

冒険者のように危険を冒さず、大金を稼げるので平民が憧れる魔法だ。

その使い手が冒険者になるなんて普通はありえない。そのありえないことがさっきの嬢ちゃんだ。


「模擬戦で怪我すれば嬢ちゃんはすぐ回復魔法を使うだろうな」


緋色の獅子のメンバーには口止めしたが、すぐに露見するだろう。


そうなると爺さんの思惑がわからない。

回復魔法を公表することが目的ならわざわざ冒険者登録なんてする必要はないのだ。

それとも爺さんにとって回復魔法はそこまで重要視する事柄ではないのか?

いや、回復魔法だぞ?熟練者であれば病も治療することが可能で教会などでは神の奇跡というやつもいる。


「何にしても、何事もなく依頼をやり遂げてくれればな…」


ムリだろうなと相反することも思いながら、ギルドマスターは大きなため息をついた。

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