30 抗議
「あっ!」
突然ぐっと横から引っ張られる。
「小娘!盾になれ!」
魔獣達を気にしていたから、人間側に気を回していなかったのが不味かったみたい。
まさか人を盾にするなんて、普通思わない。
それだけこいつがクズな上に下衆な思考回路の持ち主ってことよね。
「ちょっと邪魔!」
「ぐふっ!」
今までの鬱憤も交えて、腹に肘を打ち込む。
緊急事態だし、人を盾にした自業自得だ、仕方ない仕方ない。
腐れ野郎が服を離し倒れるとすぐ魔獣に集中する。
《エアカッター》
見える範囲の魔獣の首に風魔法を叩き込む。
50近くいた魔獣の首をひとつ残らず切り落とすことに成功!
国を脱出するときに鍛えた甲斐があったわ~
さて一段落して周辺から魔獣の気配がない。けれど、血の臭いに釣られて新たな魔獣が来るとも限らないからさっさと死体の回収と、できれば兵士さんたちの手当ても始めたほうがいいよね。
「皆、無事か!?」
先頭にいたはずの隊長さんが駆け寄ってきた。
うん、部下のために外聞気にせず走って来れるなんて、やっぱり隊長さんはいい人のようだ。
「…隊長!問題ございません!某の腕を持ってすれば、このような魔獣など容易く片付けることができます!」
「「「はっ?」」」
腐れ野郎の言葉に思わず周りからの声が漏れた。驚いたのは私だけじゃなかったらしい。
周りから何言ってんだこいつみたいに、訝しげに見られているのに、腐れ野郎は隊長しか眼中にないらしい。
人が倒した魔獣を足でげしげし蹴りながらアピールしている。
「…その魔獣をお前が倒したと?」
「はい、もちろんでございます。しかしそこの小娘がこちらに歯向かい、邪魔してきました。到底許せることではございません!これは厳罰に処すべきかと!」
隊長さんも周りの空気から、どちらが正しいかわかっているのだろう。尋ねる声に懐疑的な様子が伺えるが、腐れ野郎は気づいていないようで更に言葉を重ねる。
こっちに罪を着せるなら、こちらも主張していいだろう。
「ねえ、私が倒した魔獣を足蹴にしないでよ。素材の価値下がったら、その分請求させてもらうけど?」
「君が倒したのか?どう言うことか説明してもらえるか?」
「隊長!聞く必要ございません!下卑た冒険者らが横取りしたいだけです!まったくこれだから信用ならんのだ、冒険者は!」
私からみたら選民意識のあるお前みたいな奴が信用ならない。
私が倒した証言は他の兵士さんがしてくれるだろうし、むしろ腐れ野郎ができない理由を述べておこう。
「じゃあこれだけの魔獣をどうやって倒したっていうんですか?」
「そりゃ剣を使って首を落としたに決まっているだろう!」
「その刃こぼれした剣で?」
この辺のBやCランクの魔獣に護身用として支給された剣が通じるはずないだろう。
領主兵で対応できるなら、始めから冒険者ギルドに依頼なんてしないだろう。
それすらも忘れるなんて頭空っぽなんじゃない。
「こ、これは首を落としている間に刃こぼれしたんだ…!」
「全部の切り口は滑らかですけど?大体首を切り落としたのに血が少しもついていないなんて可笑しいでしょう?ねぇ隊長さん?」
隊長さんに同意を求めるように笑い掛けると、何故か顔をひきつらせていた。
変なことは言っていないよ?
「今回の依頼は契約違反が多くございます。今まとめて請求させていただきましょう」
じいじがこの流れに乗って隊長さんに契約違反を次々挙げていく。
まず隊長さんも知っている初日に揉めた運ぶ荷台の量。
次に荷物運びに注力するはずが、見張りを指示、個人のテントへの無断侵入や、更にテントに張られていた結界を破壊しようしたり、私に伽を強要したり、作ったポーションを取ろうとしたり…改めて並べると酷いな。
そして最後に私を盾にし、狩った魔獣の横取りまでしようとした。
いくら領兵と言えど、ギルドマスターを交えた契約を破ることはそう簡単にできないはずだ、本来なら。しかも森の奥への遠征なんて大規模な契約でだ。
こんな大きな契約ですら守れないなら、今後どんな依頼も守られない可能性が出てくる。契約を守られないのなら今後冒険者ギルドは領主からの依頼を断るしかない。最悪街からの撤退だってあり得るのかも。
隊長さんもその事がわかっているのか、内容を告げる度に顔色が酷くなっていく。
「という内容ですが、どのように処理していただけるのでしょうか?」
処理というのは物理でないですよね?
そんなじいじの真顔に対し
「今この場での返答はできぬが、戻り次第協議させてもらう」
やっぱり隊長さんは話のわかる人だ!検討するんじゃなくて協議だもんね。
「そ、そんな。しょ、証拠もないことを協議する必要はないでしょう!?」
旗色が悪いとようやく気付いたのか慌て出したがもう遅いよ。
証拠がないなんて言うけど、逆にしてない証拠もないのになぁ~
「私が証言致します」
「貴様…っ!」
「いつも尻拭いをしておりましたが、今回は許容範囲を越えております!自分も守るべき子供がおります。ましてや妹と同じような年の女の子にする仕打ちではありません!」
咳を切ったように言い出したのはいつも疲れ顔のあのお兄さんだった。
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