28 頭のおかしい人再び

「どうなっても、というと?」


無機質な声に周りの温度がより一層下がっていく。

過去に一度だけ、こんな風に怒ったじいじを知っている。

今みたいに鍛えていたときじゃなかったから、他に向けられている殺気でも、とても恐ろしく感じたものだ。

その記憶があるからか、体が小刻みに震えてしまう。


「…こちらとしては、契約を即刻破棄することも可能ですが?」


じいじの冷気に当てられ固まっていたクズ野郎はその言葉ににやりと笑った。


「それはこちらのセリフだぞ?」


そう堂々と言うけど、ここでじいじが契約を切られて困るのは確実に領軍のみなさんのはずだ。

その原因になった自分が責任取らされないと思っているのかな?

冒険者のせいにすればいいって簡単な話ではないと思うんだけど。

クズの考えはやっぱりわかんない。


クズの変な対応について考えている内に体の震えは止まっていた。

私の変化に気づいたじいじは雰囲気を和らげて、私を宥めるように頭にポンポンと触れた。


「では、今すぐ、一緒に隊長殿に報告行きましょう」

「っそれは不要だ!こちらで報告しておく!それよりもお前らの都合で勝手に契約破棄をするのだから違約金を支払ってもらうぞ?」


醜い顔をさらに歪ませて笑うクズは本当に気持ち悪いです。

クズの中では渡さなければ不敬罪?

契約破棄するなら慰謝料請求と、どちらにしても自分にとって都合のいいようになっているようだ。


「違約金を払うことは絶対ありません。決められた仕事以外を強要された場合、こちらから依頼を破棄すると契約書にも明記されています」

「へ?」


クズに容赦することなく一気に言いきったじいじはとても穏やかな笑みを浮かべていた。

依頼を受けるときにギルドマスターと細かく契約内容確認していたけど、そんなことまで明記させていたんだ。


「なのでさっさと隊長殿のところに行き、正式に契約を破棄いたしましょう。もちろんそうなった経緯もお伝えしますので、さあ行きましょう」

「えっ?は?あ?」


敵対しているはずのじいじが慈悲の笑みを浮かべ、クズの背に手を回しながら領隊のほうへ向かっていく。

言っていることと対応している姿の相違のためか、クズは混乱したまま誘導されるまま連れて行かれた。


「…置いていかれたけど、ご飯どうしよう」


私も大概混乱していたみたいだ。

とりあえず一人ご飯は寂しいので、テーブルのご飯は収納して、テントの中でじいじを待とう。

何もしないのももったいない気がして、ワークスペース内で狩ったままだった魔獣を解体することにした。

できるだけ丁寧に、肉も部位ごとに切り分けて解体していく。


「只今戻りました」

「おかえりなさい!大丈夫だった?」


じいじのことだから下手なことはしないと思いつつ、結果が気になるので尋ねてみる。


「野営地に着くと、取り繕って逃げましたよ」

「じいじにしたら珍しい対応だね?」


徹底的に搾り取ってくるかと思っていたら、意外な対応に驚いた。

笑顔で取り立てに行ってくるぜ!的な雰囲気だったよね?


「急ぐよりそのままにしておいたほうが、より請求できそうでしたので」


うっすら微笑みながらいうセリフではないと思うけど、それがじいじだよね!

じいじにしてはぬるい対応だね?とか言わなくて正解でした。


「と言うことは、また何かありそう?」

「そういう予感がするだけですが…ハズレことはありませんから」


さすがじいじ、予感も外れたことないとか…!

じゃあ、さっさと食べて明日に備えたほうがいいよね。

その日はテントの中でささっと食べて寝た。


翌日からの調査には参加する必要がなく、じいじが夕方くらいに狩りの結果を受け取りに行くくらいだった。

だからといって遠出はできないので、近辺の薬草採取と調査に影響が出ない程度に魔獣の討伐をちょっぴりしながら、じいじに色々なポーションづくりを学んであっという間に調査期間の2日が過ぎた。



「で、怪しいところは見つかったの?」

「急に魔獣が少なくなる箇所があるらしく、明日は全員でそこに向かうようです」


じいじが収納ついでに状況を聞くと決定的な原因とまではいかなくても、それらしき場所の特定はできたようだ。

調査期間もそう伸ばせないので、全員で向かって一気に原因を見つけ出したいみたい。

じいじ曰く大物の気配はしないので、着いていくことに了承したとのこと。


「予め準備しておくものある?」

「討伐はあるでしょうが、いつも通りの装備で大丈夫だとは思います。ただ、状況によっては混戦になる可能性があります。その際は決して遠慮してはいけませんよ?」


単純に森の中で視界の悪く剣を振り回しづらいというだけではないような言い方だ。

今回の遠征中にも魔獣の襲撃があってそれなりに対応もできていたはずだけど、他に何かあるのかな?


「気にしすぎかもしれませんので」


相変わらず心の言葉に返答するじいじに尋ねる気もなくなってしまった。

とりあえず場合によっては遠慮しない!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る