4 偽勇者

「俺は勇者だぞ!」

「はぁっ!?」


ご機嫌気分で船着き場へ向かっていた私の耳に、とんでもない妄言が聞こえてきた。

余りのことに過剰反応してしまい、自称勇者を含め周囲の人から注目を浴びる。


「なんだ、お嬢ちゃん、文句でもあるのか!」

「何を根拠に自分が勇者なんて妄言を?」

「「「えっ?」」」


ギッと睨み付けてきた男に、奥することなく冷静に返答すると周囲も含め、逆に驚かれた。

いやいや、驚くことでもないし。


「国王から魔王討伐を命じられた勇者が自分だって言うんですか?」

「そ、そうだ!国王から直々だぞ!勇者の俺にそんな不敬な態度が許されると思っているのかっ!」

「その貧相な装備で勇者?大体魔王国は反対側で今から討伐に行くにしても、ここにいるのはおかしくない?」


私の装備も近衛騎士には劣るものではあったが、それでも見た目はなかなか立派なものだった。

勇者を自称する目の前の男のように、良くて冒険者、悪くて盗賊みたいな装備ではない。

それに一番の理由は、


「だ、黙りやがれ!」


図星を指され武器を抜く男に、周囲は騒ぎ始めるが、私は呆れた視線を向ける。


「そんなに弱いのに?」


素早く男の後ろに回り込んで、無防備な背中を蹴りつける。

体勢を保てなかった男はそのまま地面に激突して伸び果てた。

本当、こんな弱いのによく勇者を自称できたよね?


「縛っておいた方がいいかな?」

「代わりましょう」


余罪はわからないが、身分偽証に傷害未遂で捕縛するには十分だろう。

じいじが男を縛っている間に、周囲の人に話を聞いていく。

十数日前から突然現れ、勇者を名乗ったとのこと。そして横柄な態度で恐喝に強奪を繰り返していたらしい。

抵抗しようにも、もし本当に勇者だったら逆に不敬だと処罰されてしまうかも知れないと思うと、従うしかなかったとのこと。


うん、そんな傍迷惑なやつなら縛って正解だね。

あとは街の衛兵に預けておけばいいかな?


「ここに!勇者どのがいらっしゃると聞いたのですがっ!」


ざわざわとした喧騒に、衛兵が来たのかと思ったら、なんだか聞き覚えのある声が聞こえる。

遠目からでもわかる金髪碧眼のいかにもな風貌は王城で見たことあるぞ?


「勇者、どの?」

「え?いいえ!違います!」


目が合った瞬間、私に向けられた問いかけに即答する。焦った返答で怪しまれても困る。

やっと国を出られそうなのに、ここで勇者だとバレるわけにはいかない!


「あっそうですよね。勇者殿は男性でしたし、失礼しました」

「いえ、大丈夫です」


スカート姿の私を見て、自分の間違いに気づいたらしい。

多くの人は勇者は男性だと思っているから、異性に間違うのは失礼だしね。

服装は質素(…と言っても豪商の息子かな?って思うくらいには品質は良い)で丁寧な口調で身分を偽っているが、紛れもなくこの国の第一王子だ。

でも対応は普通で、王子に気づいていると悟らせない。

そんなことしたら何で王子だとか知っているのかと思われ、そこから私が勇者であると疑われても困る。


「しかし、よく似ているような?」

「そうですね。似ているかと…私は妹なので」


顔を変えるような変装をしたくなかったから、私と接したことある人物がいたときのために考えていた設定を口にする。

私は勇者の妹だという設定を、今使うとき!

私の言葉に、王子は目を大きくさせた。


「兄を探してここに来たのですが、どうやら兄を名乗る騙りだったようで」


嘆いた振りをして、縛っている男の方に顔を向ける。

王子もその方向に目を向け、言っている意味がわかったのか厳しい視線で男を見つめた。


「そうでしたか。残念です」

「あなたも兄を探して?」

「はい、勇者殿には大変お世話になったので、お礼をお伝えしたかったのですが」

「そうなんですね」


王子にお礼をされるようなことしたかな?

だが詳しく聞いて余計なことを口走らないとも限らないので、さらりと流しておく。


「これからどちらに向かわれるのですか?」

「隣の大陸に行ってみようかと思ってます」


兄探しのために行くと伝えておけば、今から船着き場に行くことも不自然じゃないし、王子も国を出ることはできないだろうからついてこられる心配もない。

さっさと船着き場へ行こう。


「それでは」

「あっ、もし勇者殿を見つれられましたら、ぜひ王都へ来られるようお伝えください!」

「伝えておきます」


伝えるだけで、連れてくるとは言っていないから言質は取られていない。

会釈をして、その場から慌てず、でも素早く船へと乗り込んだ。

これで男装勇者という私の黒歴史ともおさらばだ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る