第53話半強制的居残り
「っあー…………いや、全然大丈夫ですよ」
しかし、香月はというと俺や自分の手をしばらく眺め、平気そうに困惑するだけ。
なるほど……男女で忍耐力の違いなど言うつもりはないけど、大した演技力だ。
「香月さんもそう言ってるし、俺も別に気にしていない」
なので恐らく内心では文句だらけの彼女に習い、俺もまた平然を装って振る舞う。
「そっか……二人ともありがとう」
少々不自然に口角がビクビクしているが、片桐は気にした素振りもなく、ようやく解放してくれた。
どうだ、俺の演技も捨てたもんじゃないだろ、と少し赤くなった手首をさすり、同意を求めるために香月へ目を向ける。
そして彼女が視線に気づき、遅れて自慢している事を理解して鼻で笑う。そうなる事を予想していた。
「ッ……」
だが、実際には俺が視線を向けるより先に、彼女はジッと不機嫌そうに目を細め、こちらを睨んでた。
あーこれは怒っている。
間違いなく予定と違って九条たちにヘイトが向かい過ぎた事や片桐たちへの説明不足諸々を怒っている。
香月に褒めてもらう事も友達になるのも諦めた方がいいな……っま、ここにいる奴らから痒い視線を貰えただけでも十分か。
「ボッチくんがもっと嫌われたけどあの子も謝ったし、とりま解決?」
一間が空き、片桐の話が終わったと判断した雪宮は手を叩き、周囲に見渡して確認する。
「そのようだね。じゃ本当はもっと見ていたいけど僕はこの後約束があるし、もう行くね」
「っあ……ありがとうございました」
間髪入れずに片手を振り、去ろうとする神宮寺に思い出したかのように礼を言う香月。
その様子を彼は少し眺め、俺へ視線を向けると小さくウィンクし、去っていった。
単にゴミが片目に入った可能性も考えたが……恐らく怒っている事を察しての『大変だね』的な哀れみを伝えようとしたのか?
「っしゃ、俺もグラウンドでサッカーしてこようかな。雪宮たちはどうするんだ?」
「っんー、さっき片桐が連れてきた演劇部たちの手伝いしよっかなって。ね?」
首に両手を当てながら話しかける唐沢に、雪宮は答えながら片桐の腕へ手を通す。
「っあ! うん、演劇用のかつらが壊れたみたいで直す約束してるんだった!」
思い出した片桐は、チラッと香月の方へ目を配らせ、唐沢を追い抜いて率先して雪宮を引っ張っていく。
「お前らはどうするんだ?」
二人が出た後、唐沢は俺にも質問して来た。
こうゆう時、言える予定があれば良いんだけど残念ながら何もない。
だが、怒っている香月と二人きりになるのは嫌だ。釈明するにしても次の日がいい。
なので現状としての正解であろう、どちらとも取れる曖昧な感じに肩をすくめ、なぁなぁで逃げる作戦にした。
「あ?」
伝わっても、伝わらなくても流してくれ、そう思いながら唐沢をチラ見すると『何が言いたいんだ』と首を傾げていた。
「あぁ、予定なんてねぇっか」
そして4秒ほどの痛い沈黙後、やっと納得したように頷き、言わなくてもいい事実だけ残して唐沢は出て行こうとする。
「っぁ」
不味い、今残されたら二人となり完全に去るタイミングを失ってしまう。
無意識に出た声を聞かれないよう抑え、あくまで普通、平常、平然を装って後を追いかける。
「ッはぁーー……」
しかし、背後から頬を叩く音と共にため息が聞こえると、
「保知さんとは、まだ話が終わってませんよ?」
あからさまな貼り付けの笑みをする悪魔に服を掴まれ、俺は止まらざるを得なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます