第54話花音マイフレンド

 あぁっ、やっちまった。

 これなら多少強引でも片桐たちが行く前に俺が出ていけばよかった。


「まぁ、そりゃ予想よりは大事になったし……でもしない選択がある中で謝ったし、良いんじゃないか?」


 覚悟を決めて平然を装って振り返り、まだ用事があったのかと目を開けて驚いた風で返す。

 

「へぇ、九条さんがしない選択を選ぶなんて、あり得ないと分かった上でそんな事言うんですか? 良いご身分ですね、保知さんは」


 すると香月はより一層、見下げたように目を細め、まるで俺が何かをでっち上げてると言いたげに責めてきた。

 それはつまり事実と違った解釈をしたと言うことか? そして香月は理解していると。

 良いご身分は、そのまま結果がどうなろうと被害に遭わない立場という事を皮肉った言葉として。

 しない選択を選べない、その理由を俺が見落としてる……ってことか?


「……っえ? あの……もしかして、マジで分かってなかったりするんです?」


 顎に手を乗せながら香月を眺め。

 ならば、他にどんな理由があり得るか、を考えようとすると少し間を開け、彼女の表情が笑顔から戸惑いへと変わる。

 うっわ、人は驚くと瞳孔が開くって噂は聞いたことあるけど本当なんだな。

 ガンガンに開いて、めっちゃ馬鹿にされてる感じだ。


「その言い草だと、お前は九条がなぜ謝ったのか分かるのか?」

「えぇ……それ聞いてくるってことはマジってことじゃ無いですか……気づいた人なら何人かいましたけどね」


 怒りが収まったのか、貼り付けていた笑顔を止めた香月から信じられない言葉が飛び出してくる。

 察しの良いこいつだけじゃなく、その場にいた何人も気づいた事実をこの俺が見逃したのか?


「夢と妄想にふける男子高校生なら、なおさら分かりやすいと思うんですけど——」


 明後日の方向を向きながらぶつぶつと訳の分からないことを言う香月が、俺へ視線を戻すと「あり得なくもないですね」などと納得したように頷く。


「ていうかお前じゃないですよ?」


 そして思い出したように両手を叩いたと思えば、俺を指差し、先程の呼び方を今更ながら指摘してきた。


「あぁ、悪い香月さん今度から気をつける」


 確かに少し無礼だったかな、と言った後で少し気にはしていた。

 注意も受けたことだし、もう2度と勝手な呼び方や略称で呼ぶことはやめよう。

 わざわざ怖い上に、恥ずかしいことへ挑戦する必要もないしな。


「いや、そうじゃなくて……友達になってあげますからみんなの前では香月」


 っえ、友達……友達っ?!

 勝手に反省していたけど、お前って呼んだ事を気にしてはいないのか。

 それに今の流れでなんで報酬が与えられることになるんだ? 不満だったから怒ってたんじゃ。


「そして二人きりの時は花音と呼んでいいって……まぁ、そうな感じですよ」


 なぜ、急に方向転換……? 

 考えられる要因としたらば、俺が何かに気づいていないと答えた時。

 あの時、明らかに貼り付けた笑顔が崩れ落ちた。


「——ん、花音?」


 そんな事を考えているのと並行して入ってきた情報に思わずオウム返しをする。

 確か、病院の時に雪宮の妹へ自己紹介で聞いていたから覚えていたが……香月 花音、名前じゃないか?


「えぇ……わざわざ突っ込まなくて良いじゃないですか? 恥ずかしい」


 すると、あざとく顔を赤くしながら香月が視線を逸らす。


「別に二人きりの時もゆっくり名字から始めれば良くないか? それに友達だって苗字で呼ぶ人も——」

「っち」


 歩幅を合わせた方が混乱しないし、わざわざ二つで呼びかける必要など無い。

 その点を指摘すると舌打ちされ「はぁぁぁ」と大きなため息を吐かれた。


「小学校の時は基本的に名前呼びですよね? まぁ、片桐さんはあだ名でしたけど」

「んー、名前呼びだったっけ? 友達いなかったし、大抵はあだ名で呼ばれてたから」


 必死に考え、思い出そうとする。

 しかし、もはや黒板の光景以外に俺が思い出せる情報は無かった。


「これはつまり、そこからまともなスタートの関係になってあげる的な……? 全く、本当に栄一は友達というものを分かってないですね」


 俺はそれを聞いて興奮を抑えきれず、彼女の肩を掴んだ。

 生まれて初めて他人に名前だけで呼ばれた事もそうだが……香月の奴。

 適当な友達として休日に『くだらない馬鹿話』から『用事も無くぶらつき』程度の付き合いかと思ってたのに。

 俺の青春を最初からやり直し、親友となる事が可能な友達関係まで考えていたなんて……。

 凄いな、感動したし、見直した。

 そしてびっくりしたのか、彼女の肩が若干ながは震えていることが分かると俺は慌てて「悪いっ」と言いながら肩から離した。


「なるほど、実際はみんなの前で呼ぶ名字ではなく二人きりの方こそ練習って訳か。ありがとう花音、よく分かったよ」

「んー? あー、はいはい」


 そして意外とビビりなんだなと謝りながら手を差し伸べると、それにも関わらず素直に応じて柔らかい手で握り返してくれる。

 良かった。

 学園ものとかで良く最初に握手するからやってみたけど、友達の始まりとして正解だったみたいだ。


「っあ、ところで九条が謝ったことと、怒っていたのに友達になってくれた理由も知りたいんだけど」


 そして散々質問されたし、今度は俺の番だと聞き返すと、


「っえ゛」


 彼女は罰の悪そうな顔を浮かべた上、手が一気に強張った。

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