第51話入り混じる思考
「——はぁッ?」
「——っぇ?」
まさか謝られるとは少しも想像してなかったのか、香月と片桐が目を開け、呆然と声を漏らす。
そして遅れて唐沢や雪宮、神宮寺も二人ほどではないが俺と同じぐらいにびっくりしている様子を見せた。
「なんか分からんが……謝ったな」
唐沢が九条へ恥ずかしめを与えないよう、小声で話しかけてくるので、俺も静かに頷く。
「それは、一体——」
バッカっ! せっかく自分から謝ったんだから、波風立てるなよ。
あれだけ空気が読めたはずの香月が死体蹴りの如く、追い討ちの質問をする。
口を塞ぎたい衝動が身体を走る。しかし、出来る限り穏便、かつ何でもなかった風にするためには動かない方がいい。
そのもどかしさを、俺は顔に手を当てて最低限の抗議表現をする事で飲み込んだ。
「ッじゃ!」
幸いな事に九条もまた厄介な事にならない為なのか、質問へ答えるよりも逃走を選んだ。
たった二文字の言葉を言うと、ポニーテールを揺らしながらすぐに立ち去る。
いやー、まさかサンドバッグ代わりに叩かれる光景を見る事で、良心の呵責や罪悪感から謝る心を持ってるとは予想外d。
落ち着きを取り戻し、状況を理解しようとした矢先だった。
俺は優しく抱きしめられ、柔らかい感触と優しい香りが顔を包む。
そんな事はなく、鍛えられた胸部と共に制汗剤なのか、ミント系である涼しげな香りが鼻へ届いた。
「…………何してんだ? 唐沢」
誰かに抱きしめられることなど一度も無かった俺は、意味が分からず問いかける。
「お前の解決法は酷い、酷すぎる」
すると一度だけ鼻を鳴らし、唐沢は目を閉じ、顔を上げた状態で解放してくれた。
「今回は俺たちが知ってたから良いが、じゃなかったら善良のくせに孤独で、哀れで、あまりにもお前が報われないじゃないか」
続けて放たれた言葉で俺が見回すと図書室にいる全員の視線が集まり、感じたことないほどのこそばゆさを全身から感じる。
その正体にすぐに気づいた。これこそ求めていた偽善であり報酬だった。
「あー…」
仮に香月だけの予定が人数が増えただけじゃないか。
耐えろ、耐えて褒め称えられる偽善を心ゆくまで味わえ——————やっぱ無理だ。
「歯痒い言葉を使うよ……なんでも良いだろ」
体感では1分、実際には1秒も立たずに俺の心は折れた。
みんな見るな、視線を集めてくるんじゃない。こんな辱めを受けるぐらいなら俺一人だけでやった方が良かった。
そう後悔しながら出来る限り早く、この話題が終わらせようと話題を切る
「あぁぁっ! 通りで中学の奴らからはお前の悪い噂しか聞かねぇ訳だ」
だが、それは俺が彼ら、彼女らだったとしても聞けない無理な願いだ。
「っちょ——!」
そう思っていると雪宮の声が聞こえ、図書室中に響くほどの平手打ちが放たれた。
「っは……? なんで叩いたんだ?」
ジンジンと赤くなる頬を撫で、訳がわからないとばかりに俺は手を出した唐沢に聞いた。
「…………何となく叩きたくなった。悪ぃ」
手の痛みで唐沢もようやく落ち着いたのか、しばらく沈黙の後にゆっくりと答えた。
「まぁ、ボッチくんは余計に嫌われたかもしんないけどぉ、結果的には謝ったし良いじゃん」
唐沢が再び手を出さないよう、それと俺が仕返さないためか、雪宮が俺と彼の腕を掴んで落ち着かせようとしてくる。
それでようやく俺は香月と片桐、それと神宮寺へ視線を向けた。
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