第50話罪悪、認識、成長?

 嘘だろ……まさか、現実で全力の拳を止められる人がいるなんて。

 正面から自分の体重も使ってならともかく、横から伸ばした手で相殺なんての化け物にも程がある。


「っえ、やば、すげ……。な、なんだよ、お前はそいつの味方か?」


 ほら、殴ってきた奴も反抗より先に歓声が飛び出しちゃってるよ。


「うーん、どっちでもねぇけどよ」


 唐沢は頭を掻き、必死に言葉を紡ぐと、


「性悪だってことを知られた以上、こいつももう悪さは出来ないから殴ったところで損だろ?」


 何とか不自然ではない言葉を絞り出し、殴ってきた男子生徒の背中を叩く。


「ここは器の広さを見せつけて穏便にしようぜ、女の子だって見てんだ」


 続けて奴の耳元へ顔を寄せたと思うと小声で俗物的な事を囁く。

 すると、彼は香月や片桐たちへ視線を向け、視線が集まっていることに気づくと目を見開いた。

 

「し、しょうが……分かったよ。少し熱くなりすぎたから俺はもう出て行く」


 そして罰の悪そうに喉を固まらせ、少しおどおどすると彼はすぐに出て行った。

 彼が去った後の図書室は先程までうるさかった部屋が嘘のように静まり返り、皆が身動き出来ない時間が流れる。


「前も、前もねぇ……?」


 そして片桐が連れてきたうるさい女の子が俺と唐沢を見てから何か考え、


「っあ、じゃなんか空気も重たいし、私も出て行こっかなっー」


 空気を変えようとしてくれたのか、あざとく理由を言いながら図書室を出て行き。

 それを皮切りに、居た堪れなくなった生徒たちも続けるように飛び出していく。


 そして結果的に残ったのは事情を知っている片桐たちの少数、それと香月と虐めていた九条らだけであった。


「っち、はぁ……マジなんなんだよ。正義ぶってさ」


 当然、香月が助けたわけではない。

 そして敵対行動により、ブレーキ役でもあった神宮寺への恋心なども消えた九条は気兼ねなく悪態をつき、


「ねぇ、終わったし、私たちもさっさとこんな所から出ていこーよ」

 

 そのままもう一人の誘いに九条もダルそうに頷き、二人は何も変わる事なく図書室を出ていく。

 何も変わらないどころか、悪化しかしてない。これじゃ、香月への当たりも酷くなる可能性すらある。

 今回は事情を知っている奴らが多いだけに香月や片桐たちにどう謝ればいいのか、

 考えているだけでお腹が痛くなる状況で、九条の様子を眺めていると、チラッと目があう。


「んー、ちょっと待って」


 正確に言うと個人的にあった気がしただけで、背後にいた唐沢か香月でも見ていたんだろうけど——彼女は止まった。


「んーと、その………………悪かったし……もうしない」


 そして制服の胸ボタンを触り、目を泳がせ、恥ずかしそうにしながらも謝った。

 自発的に謝ったのだ。


「なんか……香月が誰と仲良くしようと興味無くなったし、どうでも良くなったし」

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