第49話偽善と偽悪が飲み交わす遊戯会

 想定外の連続に追いつけず、片桐と雪宮たちも虐めていた本人たちですら、何を言い出すんだと静かに俺を見つめ、


「はぁっ?! おま、何を」


 唐沢はというと、大声で真意を聞こうとしてきた。


 今この場で説明することなんて、出来るわけがない。

 目的が分からないなら、片桐たちに習って黙っててくれ。

 そう、心に思ったが当然伝わるはずもなく、唐沢は俺に近づいて来ようとした。


 だが、幸いにもその対応は、黙って首を振る神宮寺がしてくれた。


「唐沢君、『行動』したい気持ちは分かるけど今は抑えて」


 彼は俺を殴りに来ようとしていたと周囲に聞こえる言葉で制止し、


「君の人間性については僕も耳に入れていたけど……つまり、九条さんたちを唆して香月さんをって事でいいのかな?」


 それでも察しの悪い奴でも分かるように、自然と誘導する。


 結局のところ、彼自身が善の方へいるなら、陥れる対象は虐めた九条でも俺でも、どっちでもいいのだろう。

 例え、事情を知っている片桐達が批難したとしても、俺の意を汲んだと言えるのだから問題にはならない。


「そそのかした……? それはまた人聞きが悪いし、語弊がある」


 神宮寺へ協力を頼んでおいて本当に良かった。

 前のように俺一人だけならともかく……これが偽悪で茶番だと、分かっている人たちの中で演技を行うのは初めてだし。


「不愉快だから九条たちから謝罪を無理やり引き出し、矯正させようとしたんだろう?」


 なんで自分で人を集めて叩きつけておいて、自分で消化してるんだろう。

 そう疑問に思いながらも頭を切り替え、出来る限り九条たちを操っていた感が出るセリフを捻り出す。


「彼らに『サボった』って非が少しあった以外で、お前たちと俺がしたことと何の違いがある?」

「いや、だって物陰にって」

「物陰に連れて行っただけで虐めの証拠になるのか?」


 こういう場面は文化祭の店決めや委員会決めでよく経験した。


「そりゃ……証拠にはならないけど」

「けど何だ? 言ってくれ、聞くから」


 主張をする時は理屈なんかじゃない、否定したら徹底的に質問責めで攻撃されると思わせれば黙る。

 表面上は丁寧なだけに、誰も責める事なんて出来ない。

 しばらく沈黙が続き、彼らが無言で図書室を去るか、俺が去るかの二択に縛られるかなっと思っていると、


「あぁぁぁッ!! あれこれ屁理屈言いやがってッ! クソがっ! 証拠がないって全部お前がやってたって自白みてぇなもんだろっ!」


 率先して謝罪を要求していた一人が、このまま引っ込んではメンツが無くなると思ったのか襟を掴んでくる。

 ちょうど良い、悪い奴が一発殴られてお終い。勧善懲悪な物語にはピッタリな締めで、皆も去りやすくなる。

 

「——っ」


 だがしかし、彼は拳を振り上げたまでは良かったが、周囲の目線に気づくと止めた。


「例え、俺が無理やり九条たちを嫌がらせに参加させたのが本当だとしても……どうせ殴れる度胸もないんだから離せよ」


 人を殴るのに度胸など関係ない。

 ただ、優しさやプライド、尊厳やら諸々に囚われている人と何も持っていない人がいるだけ。

 だからドラマとかでこのセリフを言う人は、殴らなかった時も相手が傷つくように、殴られたいが為に言ってるのだと思っていた。

 まさか、実際に自分がそれを実証する事になるとは思わなかった。

 

「っは、っダハハッ!」


 乾いた笑い声が聞こえると、襟を掴んでいた生徒は吹っ切れたように拳を振り抜いた。


「はぁ……全く、どっかで見たような展開だな。悪いがこれ以上は見てられない」


 しかし、その拳は俺へ届く前——唐沢の手の平によって止められた。

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