第44話黒薔薇な娘と作戦開始

「というか誰も呼ばなかったのか?」

「後で来る事になっているから、心配するなって」


 柄山は早急に離され「そ、それじゃお先」と図書室の方へ逃げ込む。

 ようやく終わる、そう思っていたのだが唐沢はニヤニヤするだけで中々解放してくれない。


「俺はな……気づいちまったんだよ」


 少し力をこめて引き剥がそうとし始めると、唐沢は俺の耳元に顔を近づけて意味深な事を言ってきた。


「一体、何に気づいたって言うんだよ」

「告白の話題をした直後にお前はわざわざあんな事をした」


 っあ……それはシンプルに不味い。

 気づくな、頼むからそんな恥ずかしいことは気づかないでくれ、そう願った。


「つまりよ、過去に好きだった女が茶化されたり迷惑がかからないようにって訳だろ?」


 そう得意げに膝で突かれて返された瞬間、顔がどんどん羞恥心で赤くなるのを感じた。


「健気で報われもしないどころか損しかないってのに、実に漢じゃねぇか」


 そして唐沢はより一層笑い、力強く肩を抱いてくる。


「でね、あの本は男同士の恋愛がおすす——」


 最悪なことに見慣れない女の子たちと共に片桐が姿を表し、そんな状態の俺と目が合う。

 一部しか聞こえなかったが、間違いなく奴らはBL・薔薇の話を……ッくそ、よりにもよってなんて話題をしている時に鉢合うんだ。


「唐沢、とりあえず顔を耳から離してくれ」


 無理やり唐沢の顔を離そうとすると、女の子たちは「っきゃ」と喉を鳴らして口元に手を当てた。

 本当に頭の中が薔薇でいっぱいだな、なんて奴らを呼んできたんだ片桐は……というか、一緒になって喉を鳴らしてないで早く連れて行ってくれ。


「っあ……あの二人は仲が良くないから多分違うよ、それより早く行こ?」


 冷めた目線に気づいたのか、正気に戻った片桐は彼女たちを図書室の方へ誘導する。


「えぇ? 男の友情は複雑で昨日の敵は今日の友、ってことは明日には愛が芽生えても可笑し——」


 もう少しだけと言いたげにショートカットで一見清楚そうな女子は語り始め、その口へ片桐は指を突っ込む。

 不服そうに口の中で片桐の指を舐めると、ようやく彼女は黙った。


「ちゅぱ、話は変わるけどパパにママ味を感じるのは間違ってないし、薔薇の間に挟まって母性を分け与えられる娘になりたいんですけどッ!」

「分かった、分かったからもう入ろ?」


 しかも百合の間に挟まる男の逆、割と邪道がお好きな方だった。

 もう黙らせるのは無理だと判断したのか、片桐はとにかく引き剥がそうと図書室へ押し込む。


「あの二人なら保知が受けでママって呼ぶのがいいと思うの、片桐さんはどう思う?」

「——とりあえず入ってッ!」


 必死に「あぁ、ママッ!」と訴えて姿を消す狂気に満ちた目の彼女を、いつのまにか離れてくれた唐沢と俺は引き気味に見つめた。

 

「……世の中、こえーな」


 同じ学年か先輩か分からないけど、間違いなく変な子に変な覚え方をされた。

 原因不明の目眩と頭痛に襲われた俺は頭に手を当て、図書室へ入るようにもう片手で唐沢を追っ払う。


「じゃ、俺も行ってくるよ。ママ」


 ようやく絡む気が失せたと思ったら、最後にふざけた事を言い残して唐沢も入って行く。

 流れ的にお前がパパになるんだぞ、そう聞きたかったがもう話を膨らましたくもなかったので、俺は呆れた目を返すに留まった。


「たまにはみんなで本でも読もうかと思ってね」


 するとすぐに廊下の奥から神宮寺の話し声が聞こえ、俺は咄嗟にトイレの中へ隠れる。


「いつも良くしてくれてるし、誘ったんだけど……何か都合悪かった?」

「っい、いや、別に問題ないです」


 流石、目的を先に言ったら付いてこないと考えたから半ば騙し討ちか。

 何をするかも言わずに暇か、と駆け引き的なメッセージを送る人種のことは聞いたことあるけど、まさにそれで嵌められたな。


「あの、人いっぱいいますからまた今度とかに」

「普段人気なんてあんまり無いのに珍しいね。こんな時だからこそ行こうよ、ね?」


 どんな顔をしているのかと興味が出てきた俺は気づかれないように覗く。

 すると、大多数と混じっているいじめっ子二人の肩を押し、少しの悪意も感じさせない天使な笑顔で神宮寺は薦めていた。

 すげぇーな、俺がやったら間違いなく手をはたき落とされている。


「っえ……う、うん」


 上手いこと逃げるチャンスも与えず、神宮寺という名の悪魔はニコニコしながら彼女たちを罠へと誘った。

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