第45話彼らの最初は過ちだらけ
「あー、っもう……うるさい」
平常時に比べて数倍以上賑やかな図書室に、私はある人の顔を浮かべながら耳を塞いでいた。
「これで気づかないと思ってるんですか、遠回しにけなしてるんですか」
女王蜂二人とイジメてきた二人も来ているんだから、これで何か起きると分からない方がおかしい。
先輩に迷惑をかけるなって言ってるのに巻き込んでるし、BL好きの愛教さんが誰か気に入ってママ、ママと騒いでたし……もうめちゃくちゃ。
「はぁ……スタートさえ間違わなければ、こんな事にもならなかったのに」
全校生徒の顔をようやく覚え終わったすぐ後、他校かと思って初手の対応を完全に間違えた憎っくき相手。
あんな事故さえなければ、黄色と緑色の区別がつき難い色覚障害がなければ、もっと完璧な自分を見せて完璧な出会いが出来た。
偶然階段で会った時だって、挽回しようとお礼を言おうとしたのに恥ずかしさから変な子になってしまった。
「ねぇ君、何の本を呼んでるの?」
恥ずかしいが理由だと、まるで惚れてるみたいで語弊がありますね。
どっかいけとばかりに言ってきたあいつに混乱、困惑し……誇り高き私のプライドを守るためが妥当な所。
「あのー、聞いてる? 君」
「今いいところなのでぇ、早めに要件を言ってくれると助かります」
読んでもいない本を餌に、会話を膨らませようとヘラヘラしながら話しかけてくる男。
見慣れて私へ興味ないタイプの神宮寺先輩。
同性を見るかのように下着すら無表情でスルーし、精神を誉めてきたあいつ。
それに比べ、この人は太ももや胸元から目線を外して騙そうと言う徹底さすらない。
「あー……図鑑とかってどこに置いてます?」
「どっかにありますよ、適当に探してください」
まぁ、自然に名字呼びできる関係まで軌道修正出来たのは中々大きいんじゃないですか、全て私の手腕が凄いからですけど。
「……そうすよね」
「——っあ」
つい、思考を優先してあいつに接するように返してしまうと、目の前の男から偉そうや落胆、批判的な感情が溢れ出る。
「右から奥の一番奥の棚にありますよ。ごめんなさい、ちょっとあの日で」
すぐに雑誌を見ながら鏡の前で練習した空っぽの笑顔で丁寧に返し、相手が言い返せない言葉を恥ずかしいそうにつけ加える。
「あぁっいや、悪かった。ありがとう」
女の子は綺麗で、優しくて、理想的でなければ男はあの態度であると分かっている。
分かっているのに最近は気の緩みからか、ボロが出ることも多くなった。
それもこれも全部、何で媚び売ってるんだっけ、素でも受け止めて貰えるんじゃないかと勘違いさせた保知 栄一のせい。
「すみません、後ろ並んでるんで早くしてくれません?」
だから、そう、これが終わったら唯一の友達として、承認欲求を満たしながら名前を呼ぶステップに移る。
そうすれば間違いなく覚えてたんだって彼の中で私が特別となり——惚れる。
事実、片桐さんと雪宮さんで感覚が麻痺しているみたいですが、私だって惚れなければ可笑しいレベルの美少女なんですから。
「せかすなよ、大体図書室こんな広いのになんで一人なんだよ」
あれ、何で私がわざわざ惚れ……いや別に好きだからとかじゃない。
これは完全に、完全にプライドの問題。
私が魅力的となるように磨き上げた力を客観視、再認識するためでいわば神宮寺先輩へ向かう前のトレーニングみたいな必要な事。
失敗した時のため、キープ的な人だって複数用意するのはごく自然な事。
だからそう、何も可笑しくはない。
文句が聞こえ始めたので、そろそろ行列でも出来たのかと覗いて見る。
案の定、図書室には早くしろとばかりにイライラしている人たちで溢れていた。
「なんか……香月の様子が違う気がするな」
普段の行動なら並んでいる奴らに話しかけ、少しでも不満を下げそうなもの。
だけど、今日に限っては目の前の人物にただ笑顔で対応し続け……例えるなら行列が出来てるのに、知り合いと話し続ける従業員のような感じだ。
「あのー、ちょっと私手伝って——」
その光景を眺めていた目標二人は流石に顔を青ざめ、救世主となって穏便にさせようと立ち上がろうとする。
「大丈夫、ここは任せて。穏便に済ますのは得意なんだ——みんなっ!」
しかし、次には神宮寺がその手を握り、声を上げて注目を集め始める。
計画には全くない行動に一体何をするつもりなんだ、そう思っていると、
「他の二人はお手洗いだと思うから、そんなにカッカしないで待ってあげようよ」
有りもしない希望を与え、
「あー……トイレなら仕方ねぇか、こんなに混むなんて分からないしな」
「あの子だって、一人なのに一生懸命頑張ってるしね」
人混みが解消されたら終わりの作戦で、あろう事か大多数の不満を抑え始めたのだ。
頼んでいないし真逆の行為、あいつ……あの二人に良い顔する為だけに裏切ったか。
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