第43話対極な二人

「神宮司ーっ、入れろッ!!」


 パスを回され、受け取った一人がそのままゴールへ蹴り入れるとマネージャーたちから黄色い歓声を上げる。

 誰かが名前を呼んでくれたおかげで、探し人を見つける手間が省けた。


 俺はサッカーがあんまり好きではない。

 足だけを使うスポーツと楽しみにしていたのに、いざ体験してみれば身体にずっと手を押し付けられて邪魔をされたからだ。

 それも上手い人ほど足技を魅せるのではなく、そういった身体と手を駆使し始める。初心者ながらルールの瀬戸際をどれほど熟知し、卑劣に利用できるか競う手のスポーツだと思ってしまったよ。


「じゃ、これから10分休憩しよう」


 ちょうど休憩時間になったようなので近づこうとすると、


「マネージャーたちでも見に来たのか? どっか行けよ」


 先ほどからこっち見ながらヒソヒソとベンチに座ってた男の一人が立ち塞がってきた。


「ねぇ見て、あれってあの人よね」

「何しにきたんだろう、気持ち悪い」


 小馬鹿にしたいのか、マネージャーたちへアピールしたいのか、そいつはわざとらしく注目が集まるように大声で話しかけてきた。

 

「神宮寺先輩と話したかったんだけど……いいや」


 悪目立ちしている今、神宮寺と二人で内緒話など出来ないだろう。

 仕方なくその場を離れ、放課後にでもストーカーして一人になった所で話しかけるか。


「おい、お前がこんな所に来て何してんだ?」


 そう思っていたところに運悪く、サッカーのユニフォームを身につけた唐沢とバッタリ出くわしてしまう。


「神宮寺と少し話しよう思っただけだよ」


 俺の結果を見透かしたように小さく「っは」と笑う。


「邪魔されたか。まぁ、自業自得って奴だな」


 タオルで頭を拭きながら嫌味なことを言う唐沢の印象が、悪くならないよう自分から通りすぎるのを待っていると、すれ違う直前で彼は立ち止まった。


「なぁ、悪いことをしたなら相応の罰を与えるべきと思ってんだ」


 そしてそのまま顔も合わせず、


「でもよ、真っ先にキモイ噂が別の学校から来なかった。そのことが不思議でしかなくて頭から離れない」


 語りかけてくる。

 感情的だと思っていたが、唐沢もなかなかに鋭い嗅覚をしている。


「正直言うと馬鹿やったお前がすんなりと虐めを受けているのも、踊らされてる気がして仕方ねぇんだ」


 最近、虐めが徐々に落ち着いてるとは思っていたが間違いなく彼がブレーキをかけていたのだろう。


「どっちにしろ相応の罰は与え終わってる……そこで少し待ってろ、俺が呼んできてやるよ」

「っえ、いいのか? ありがとう、段々お前のこと好きになって来たよ」


 まさか、あの唐沢から願ってもない申し出が飛び出してくるとは思わなかった俺は、驚きと喜びを隠し切れなかった。


「虐めた相手にその対応が気持ち悪りぃんだよ、黙れ」


 目を細め、本気で嫌な顔をしながら唐沢は、グランドの方へ立ち去った。

 だがしかし、数分経っても誰一人来ない。

 ああ、また騙されたか、そう思って俺が帰ろうとし始めた時、


「やっぱり呼んでるっていうのは君のことだったんだね。保知くん」


 顔へ僅かに幼さが残っているけど将来、間違いなくイケメンに育つであろう神宮司が姿を現した。


「遅れて悪いね、撒くのに時間が掛かってしまって。それで、一体僕に何の用事かな?」


 自分が女だったなら、間違いなく一瞬で惚れそうな程の爽やかな笑みを浮かべてくる。


「あの、有名な先輩に覚えてもらえてるなんて光栄だな」

「まぁ……君は悪い意味でアレだったからね」


 さっきから向けられてくる何の変哲もない、聖人君子みたいな笑顔と声。

 今の少し嫌味な言い方に眉一つ不快な顔すら見せないのだから、この人は自分という存在を完全に消し、他人を不快にさせないスペシャリストだ。

 そう、直感で俺は確信した。

 

「香月って女の子知ってるか?」

「よく差し入れに来てくれる優しい女の子だね」

「それなら先輩のことが好きな他の子から敵視され、虐められていることは?」


 そう尋ねると、神宮司は目を見開き「酷いな、気づかなかったよ」と顔をしかめながら声を漏らした。


「そうか……気づかなかったなら仕方ないですね」


 香月から差し入れを貰い、他の奴から反感が上がってるのに気づかないほど馬鹿で能天気な奴。

 この気遣いの塊みたいな神宮司って男はそんなキャラじゃない、気づいた上で虐めていた奴らからの印象が悪くならないため、放置していた可能性の方が遥かに高い。


「先生に報告せず、僕へ言ってくれたのは……つまり何か協力させたい訳だね? 是非力になれることはさせてもらうよ」


 不快にさせることなくパーソナルスペースに入り、息を吐くように嘘をペラペラと喋りながら伸ばしてくる彼の手を俺は握った。


「先輩には虐めの主犯格たちから二度と嫉妬が生まれないよう、嫌われるような敵対行動を取って貰いたいが出来ますか?」

「それは……僕に演技は少しきび――ッちなみに……聞きたいんだけど、その作戦には誰が参加しているのかな?」


 敵対行動、その単語で明らかに神宮司は手を放そうとしたが、俺はそれを力強く掴むと質問を投げかけて来た。


「今は片桐さんと雪宮さんだな」

「ああ、ならよかったよ! もしかして自分だけかと思って不安になったけど、彼女たちがいるなら僕も心強い。やってみるよ」


 二人もいるなら嫌われるような展開にはならないと推測出来たのか、まだ不安が少し残ってそうな演技をしつつ神宮司は恥じるように、はにかんだ。


「あくまで悪いのは虐めた子で、皆が正義を振りかざすように仕向けてくれれば良い。先輩が噂に聞く良い人だから協力してくれるとは思ってましたよ」

「っはは、僕はそんな良い人なんかじゃないよ。当たり前のことをしてきただけだよ」

 

 間違いなく彼は、俺が目指していた感謝される偽善に振り切った化け物。

 他人が見てる前では良い事を全力でアピールし、それ故に親しまれ、善人と評価される。


「それじゃ、喉も乾いたし僕はあっちに戻るよ」


 あれはあれでストレスがヤバそうだ。

 何事もバランスって言うし、人当たりの良さそうな顔だけ参考にして感情を隠そう。そう思っていた、


「おい、今の話聞いてたぞッ! 良い奴じゃねぇか、俺も手伝うぞ!!」


 いつのまにか反対側へ回り、盗み聞きしていた唐沢が表れるまでは。

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