第42話雪の果て

 いつも通り、香月が一人で図書業務をこなす金曜日。


「俺が絶対に一番面白い本を見つけるからなっ!」

「あーうん、特に期待してないけどガンバ」


 アメリカならラグビーでモテそうな体格が良い男5人と女2人ほど引き連れ、図書室に投入していく雪宮。

 仲良しグループで秩序を保てる上限は7人ぐらい、そう聞いたが若干オーバーしている。

 実際、笑顔ではあるが女子の近くへ他の奴が来ないように牽制してたりと見るからに険悪そう。


 まぁ、人が集まれば割と何でも良かった俺は雪宮のグループで関係ないしと、知らんぷりしながら廊下の隅で眺めていた。


「そこ、女子トイレの前だから先生呼ばれるよ」


 話しかけず、他人行儀でいこうという雰囲気を撒き散らしながら無に徹していた。

 なのに察することもなく、雪宮が再び出てきて頭上のトイレの看板を指差しながら話しかけてきた。


「わざわざ教えてくれてありがとう。でも、先生もそんなに暇じゃないし、それぐらいで来るのはあり得ない」


 『普通の音量で誰かに会話を聴かれる』か『耳元へ話しかける親そうな姿を見られる』どっちのリスク手に取るか考えた結果、俺は雪宮を1ミリも視界に入れる事なく普通に答える。


「もし片桐まで混ざりに来たら、協力者がグループそっちのけで全員集まる、そんな不自然な状況になるから話しかけてくるなよ」


 会話する気があまりないことを遠回しに伝えると、雪宮は露骨に態度へ示しながら不満げに鼻を鳴らして離れていく。


「生理用品が配置されたトイレ前だから教えてあげたってのに」

「——そうゆうことは早く言えよッ!」


 女子トイレの中の構造や配置物など知るはずもない俺はボソッと呟いた雪宮の愚直を聞き取り、すぐさま距離を取った。


「なに、今更動くの? ずっとトイレの前にいたらいいじゃん」


 すると、一旦離れようとした雪宮は不貞腐れたように再び話しかけてきた。

 重要な情報をボソッと程度、それも最後に提供したお前が悪いだろ、機嫌悪くなった上にまた絡んで来るなって。

 そう、思ったが明らかに火に油だし、協力している今の状況で言うべきではない。


「あー俺が悪かったって、教えてくれてありがとう」


 軽く言い終わってから少し後悔した。

 話の流れ的に『その場凌ぎ&気持ちが篭ってない』と悟られる上に少し投げやり感を出しすぎた軽い謝罪。

 冷ややかな眼差しの雪宮、ここはいつも以上に謝るのが明らかに正解だった。

 もう一度謝ろう、そう口を開く。


「っふ、まぁウチは寛大だしそれで許してあげる」


 だが、機嫌を悪くするどころか『やれやれ』とでも言うように雪宮は息を漏らした後、


「初めて軽いノリをウチの前に出してくれたしね」


 と満足そうに微笑んできた。


「あ、あぁ……」


 言いたい事が終わったのか、雪宮は僅かに視線をズラすと何も言わず、再び図書室へ入っていく。


 なぜ、思春期の女子が言う『初めて』は何故こんなにも心を揺さぶられる破壊力があるんだろうか。

 だが俺よ、勘違いするな。

 あれはもっと仲良くなりたいなどと言う深い意味はなく、ただ少し気軽に話せた現状を喜んでいるだけに過ぎない。

 もっと言えば、想定していた最悪な状況とのギャップ萌えで相対的に良く感じているだけだ。

 故に本来の自分のまま、気楽に接すれば必ず報いを受けてしまう。


 だから——絶対に心拍数を上がるべきじゃ無いし、顔も熱を持ち始めるな。


「すぅ……はぁ……落ち着け、この愚直で馬鹿な身体が」


 雪宮が視界から消えたことを確認する。

 そして深呼吸しても未だに勘違いしている身体を目覚めさせるため、壁に頭を打ち付けた。


「おい、お前そんなに頭打ち付けて大丈夫か?」


 しまった、奇行を誰か男子生徒に見られた。

 そのことで一気に冷静になった頭は、雪宮が去り際に自分ではない誰かを見たために消えたのだと遅れながらに導き出す。


「ちょっと……頭を冷静にしたかっただけ――なんだ、お前らか」


 その人物が誰か、振り返って確認した俺はすぐに無駄な心配だったと肩を撫で下ろす。


「おいおいおい、そんな調子で大丈夫か? 今日は香月をとことんイジメて、茶々を入れる日だって言うのによッ! なぁ、柄山」


 少し会話しただけで、大して仲良くなったわけでもない。

 それなのに、その人物は馴れ馴れしく俺の肩を掴むと、後から来た柄山も強引に引き寄せて肩を組んできた。

 まったく、どいつこいつもなんで無駄に俺へ絡んで目立ちような行動を取るんだ。


「無駄にテンション高いな、いいから離れろって——唐沢」


 

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