第41話そのまま帰れると?

 まっずぅ……本当に何も考えず飛び出してしまった。

 片桐と雪宮の視線がチクチクと胸を刺してきて、すぐにでも無かったことにしてこの場を離れたい衝動に駆られる。

 本来ならば気兼ねなく片桐が喜び、まいっか程度で関わりを止めると思っていた。

 だが、どうゆう訳か優先順位のズレが生じて俺の行動の細かい理由まで思考をし始めている。

 これでは当初の片桐に好きな人がいるという推測すらあやふやになり、もはや嘘を続ける必要すら無い。

 三人の頭が動き始める前に重要なことだけを伝え、最初から存在しなかったように去る……俺なら行けるはずだ。


「あー、たまたま近くまで来たし、雪宮の妹の見舞いをしようかなって」


 まずは不自然ではない理由を捏造し、ストーカーとか変な思考へ行かせないように抑制。


「一応訂正すると、誰かが嫌いだから距離を取ろうと嘘を吐いた訳じゃないし、どっちかと言えば楽しかったは少し語弊があるけどお前らとの絡みは嫌ではなかったとだけ」


 次に羞恥心が出てくる前に照れくさい事を早口で言い終える。


「っあ……そうなんだ」


 まだ少し俺がいることに困惑している様子だったけど、片桐がポツリと呟く。

 もっとも、あくまで嘘は片桐たちのみにバラし、他のクラスメイトとかにはこのままでも損害はないから現状維持でいい。


「え、じゃ何のために嘘なんか吐いたの?」


 この少し頭を動き始めた雪宮みたいな感じに、大勢から理由を追求されると隠すのも面倒だし。


「まぁ…………大して深い意味はなかったよ」


 偽りの正義感に駆られる人たちを見たかった、煽って見たかった、殴られて見たかった。

 パッと思いついた三つの理由だがどれも人格に異常があり、話が膨れ上がる可能性があったので適当に茶を濁した。


「じゃ、元気そうだし俺は帰るよ」

「えぇー、どうせ来たならもう少し居たらいいのに」


 さっきの受け答えからで自分でも察せた。間違いなくこれ以上止まればボロがでる。

 面白そうに話を聞いていた雪宮の妹が引き留めてくるが、半ば無視して病室のドアに手を掛けた。


「…………っん?」


 だが、いざ開こうとするとドアは少し開いたがまるで何かに引っかかったようで横にはスライド出来なかった。

 ドアに鍵などが無いことを確認した後、ここから入って来たよなと記憶を思い返しながら再度引くが、結果は同じだった。


「ふぅ……」


 落ち着け、背中の三人のことなど気にせず自分を客観視して冷静になるんだ。


 今の俺は……そう、見知らぬ地へ放たれた猫がゲージの中へ逃げようと必死に引っ掻いてるように滑稽だ。


 こんな落ち着いてる場合なんかじゃない、そうハッキリした俺は力の限り思いっきりドアを引いた。

 すると、明らかに先ほどより大きく開き、同じ学校の白と黒の模様が入った女子のスカートが僅かに隙間から見えた。


「——ッてめぇ、何してんだよ。ここから出せよ」


 俺の邪魔をわざわざする女子生徒、そんなことをする人物は一人しかいない。

 小さく、だが力のこもった声で向こうにいる奴へイラつきぶつけながら引っ張るが、拮抗して震えるだけでドアが開く気配はない。


「確かぁ、さっき保知さん言いましたよね。何をするにしても人手が足りないって~」


 たった今、思い出したように演技しながら、


「そこにいますよね? 人手。なんでそのまま帰ろうとするんですか? ありえなくないですか?」

 

 ドアの隙間から顔をわずかに覗かせ、ホラーシーンでありがちな気迫のこもった眼差しで片桐たちにも手伝わせろと睨みつけてきた。


「どしたん、ドア開かないん?」


 雪宮がドアで攻防を繰り広げ、いつまでも帰らない俺を不審がり、近づいてくる。

 どうする、香月が塞いでると伝えて雪宮に助けてもらうか。

 ダメだ。すぐ退いてくれるだろうが香月に対する片桐たちの印象が落ち、手助けしてもらえる可能性が低くなる。

 香月の言う通り、人手が足りない状況なのは確かだ。


「いや、ちょっとゴミが挟まってただけみたいだ」


 試しにもう一度、開けると今度はスムーズに開く。しかし、またすぐにゆっくり押し戻された。

 片桐たちは俺が閉めたように見えるだろうな、意地でも言わなければ帰さないつもりなんだろう。

 しょうがない、ダメ元で頼むだけ頼んでダメだったら香月も諦めるだろう。


「実は言い忘れていたんだけど、二人に手伝って欲しいものがあるんだ」


 

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