第40話彼も彼女も見誤る
「——ッくそ、完全に見落としてた」
香月から忠告を受けた俺はすぐに図書室を飛び出していた。
興奮してるおかげか、左足の痛みも今はほとんど感じない。
「確かに嫌われることでコントロールしていたあの子が、同じようにコントロールしようとした俺に気づかない訳がない」
一刻も早く片桐たちより先に病室へ行き、口止めをしようと俺は持ちうる限りの力で急いだ。
「はぁッはぁッ、きっつ……死ぬ」
だが、15分ほどしか経ってないのに病院を目前にして力付き、俺は塀へ手をつきながら必死に酸素を吸っていた。
「そりゃ……3か月も入院してたら体力落ちるのも当然か」
もはや急ぐなどと思考をする余裕すらなく、息を整えながらゆっくり敷地内へ入る。
「組長さん、だから言ったでしょう。持病で心臓が悪い上に左足も怪我しているから無理をなさらないようにって」
横から話し声が聞こえ、視線を向けると芝生の上で口髭を伸ばしたスーツの男性が心臓を押さえるように倒れており、神社の白衣を着た神主みたいな人が介護しながらどこかへ電話していた。
唐突に飛び出た組長という単語にヤクザ組織の偉い人かと恐縮してしまったが、それでも手助けが必要かもしれないとその男性へ俺は近づいた。
「あの、大丈夫ですか?」
声で振り返った神主が恰好にそぐわぬ、ボサボサな髪と無精ひげを伸ばした顔であることに少し戸惑っているとこちらの視線を気にすることなく彼は微笑み、
「んぁー大丈夫大丈夫、ほら」
と病院の出入り口を指さし、直ぐに見覚えのある数人の看護師が飛び出すようにストレッチャーで駆け付け、倒れていた男性を乗せて院内へと連れて行く。
「直江さん、理由は分からないけど病院の治療歴を必死に隠してたみたいでしたよっ!」
神主が看護師たちに向かって叫び終えると、疲れた様に腰を擦りながら首を鳴らして不思議そうに俺を見る。
「一度きりの世界だ。こんなところで時間を潰してるほど、暇じゃないだろ?」
世界、人生を言い間違えたのか? 妙に引っ掛かる言い方に違和感を感じたが、そのおかげでハッと本来の目的を思い出した俺は、こんな事をしている場合ではないと頭を下げ、急いで院内へ向かった。
「なんか食べたいのある?」
「……それならお姉ちゃんを食べたい」
アァァァ――――やっぱり間に合わなかった。
「…………その冗談を聞くのは久しぶりだけど、片桐もいることを考えろって」
中から聞こえる真剣そうな妹と雪宮の引き気味な声に、俺は病室の壁へ手を付きながら心の中で叫び声を上げる。
「そういえばあのお兄さんは?」
間違いなく香月が最初に伝えてくれてさえいたら間に合っていた。
「ボッチくんなら来ないっしょ、今学校で一番嫌われてるし」
「……お兄さんなんかしたの?」
「うーん、ほら体操着の匂いとかリコーダーをね……みんなの前で言ったんだよ。本当、意味わかんないしキモイ」
俺に伝えるのを勿体ぶったのか、それとも間に合わないギリギリになって告げて無様な姿を楽しみたかったのか、間違いなくこうなった原因の一つはあいつのせいだ。
まぁ……間違いなく最も悪いのはそれを考慮すら出来なかった俺だ。
「………………お姉ちゃんと片桐さんはその話信じてるの?」
しかし、他の事ならいくらでもバレていいが何故寄りにもよって放っておくのが一番正しいことがバレそうになるんだ。
社会が正しいと言ったからとか褒められたいとかではなく、あれは『気を遣わせず無知なまま片桐が幸せになる』そのただ一点のみでの行動なんだ。
「うーん、体育の時に話した感じ、あいつがやったのも言ったのもそんなことをする奴とは思えないんよね。片桐はどう?」
「……嘘ってのは私も分かってるよ」
壁の向こう側の声に耳を疑いながら俺は現実に引き戻された。
てっきり雪宮の妹が指摘して嘘が発覚する流れだと思っていたのに、その前に二人とも、二人ともが信じていないと否定したのだ。
「ん? 会話から何となくそう思ったけど、片桐はどこからそう思ったん?」
会話……体育の時間に抱かれるならイケメンとか、そんなことを言った記憶はあるが、そこからだとしたらどんな嗅覚してんだ。
それだけじゃ判断材料としては明らかに不十分だから恐らく違和感の原因がそこであるだけで、極めつけは香月と同じようにわざわざ言う奴がいないだろってことか。
「っえ?! わ、私の話は今どうでも良くない? 似た感じっ!」
「ふーん、やっぱそうだよね」
明らかに他の理由がありそうな片桐の否定にもっと深く追求して欲しかったが、壁の向こう側の雪宮は何も疑問を感じなかったのか納得したような声が聞こえる。
どこをどう聞き取ったら普通の便乗に感じたのか、小一時間質問してみたい。
「きっとさぁ……私たちがウザかったから距離を取ろうとしたんじゃないかなって思うんだよね」
だが、そんな吞気な考えも次の片桐の言葉で吹き飛んだ。
およそ考えていた答えとは明後日の方向に片桐が結論を導き出していたから。
「……ぶっちゃけると私嫌われてるし」
――――あぁぁぁ、確かに1回目に呼び出された時に言った。
確かに言ったが……わざわざ距離を取るためにここまで嫌われるようなことをするのは明らかに効率的じゃないだろ。
よりにもよって、片桐はそことつなぎ合わせて考えてたのか。
じゃ二回目に呼び出された時の顔も『そこまで非効率なことをしてまで自分を嫌ってるなら』って感じの顔って訳か。通りで俺の想像とは全く違う顔をするわけだ。
「距離を取ったほうがあっちも気が楽なら」
違う、違う違う違う違う。
それはつまり嫌いだから距離を取る訳ではなく、嫌われているから距離を取ったほうが良いと考えている訳か。
それじゃどっちがどっちに気を遣ってるのか全く分からないし、誰も幸せになんかならないじゃないか。
「だから、このまま余計なことしないほうが良いと――――ぼっち?」
気が付いたら俺はドアを開けて部屋の中に入っていた。
「…………っあ」
片桐と雪宮がまるで時が止まったかのように口を開けて静止し、雪宮の妹は目をキラキラさせながら口に手を当てていた。
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