第39話香月花音は他の演技が出来ない

「本当に自発的である必要はない。ようは彼女らがやめるような外的要因、イベントを作ればいいだけの話だ」

「やめるきっかけ……でも客観視させるように同じ境遇や、仲違いさせたぐらいじゃ変わらないと思いますよ」


 香月の言う通り、人はそんな簡単には変わらない。

 他人の痛みはあくまで他人の痛み、一時的に止まったところでまた気晴らしついでに始まる。

 重要なのは、香月という人間の認識を男に媚び売る性格の悪い女から変えること。


「感謝を植え付け、お前が良い奴だと思われれば流石に止めるだろう」

「つまり不良に絡まれてる所を助ける、そんな感じの事を自作自演する訳ですか?」


 どっちかと言うと、不良だと思ってた奴が優しい奴だった的な方がしっくりくるが、些細なことなので適当頷くと「そんな簡単に成功しますかね」って微妙そうな顔を浮かべた。


「ちょっかいを出すようになったきっかけは分かるか?」

「多分、サッカー部の神宮司先輩に手出し始めた辺りだと思いますけど……何でそんなことを聞くんですか?」


 神宮司……聞いたことも見たこともない人だが、恐らく香月が差し入れに行った人か。

 名字だけでカッコいいということが伝わってくるのはズルいな。

 生理的に媚びる香月が目障りな可能性もあったが……ただの嫉妬が理由なら、香月の性格を直さなくてもいいから簡単だ。

 もちろん、性格を直すよりはっていう意味だが。


「原因も一緒に解消できれば成功する確率も高くなるし、再発することも無くなるだろ」


 香月は少し目を見開いた後、疑惑の眼差しをこちらに向けた。


「つまり何かを思いついたんですか? 教えてください」


 別段、食い気味だった訳でもない香月を手で落ち着けと制し、面倒くさそうに見返される。

 

「それより前に聞きたいが、演技は得意か?」

「今まで何を見てきたんです? 得意に決まってるじゃないですか」


 当然のように答えてきた香月に俺は「違う」と首を振った。


「人当たりの良い笑顔は散々見てきたが……人当たりが悪い醜態を見たことは無い。その演技は出来るか?」


 イジメた奴らを助けたとしても、結果的に香月が周りから称賛されたのでは小賢しく動いたと見られ、嫉妬される。

 何かを得た奴の行動には人間性を見出さず、何かを失う奴の行動に人間性を感じるのが人間であり、必然的に彼女の評判も多少下げなければならない。

 だからその時、イジメてた奴らを喜ばせるような醜態の演技が出来なければ不味いのだ。


「やった事ないですけどー、多分出来ます——」


 話している途中で不意をつき、香月の足を思いっきり踏むと花が咲いたようなキラキラした笑顔を向けてきた。


「……駄目そうだな」

「………………演技しなきゃと思うと体に染みついて笑顔が出ちゃいますね、優秀すぎて」


 自画自賛しながら自分の頬を叩き、仕返しとばかりに足を踏みつけてくるポンコツを眺めて俺は少し頭を抱えた。


「これじゃ手伝いとか言いながら詳しい事は言えないし、メインは俺がやらなきゃ駄目じゃねぇか」

「っあ、保知さんの事は信じてるんですが」


 そこへ思い出したかのように香月が前置きを強調し、


「一応醜態とか先輩の名前とか、不吉な単語が出たので言いますけど、あんまりそこの評判は下げないで貰えますか? もちろん、ある程度なら許容しますけど」


 と少し申し訳なさそうに付け足してきた。


「図々し過ぎて気持ちいいぐらいだな……何をするにしても人手が足りないから頭の隅に入れておくよ」


 人間である以上は予想外のことが起こるかもしれない、努力はするが保証はしない意思を伝えると香月は満足気に頷き、もう帰るつもりなのか席を立って出口に向かった。


「――役に立たない謝罪という訳じゃないですけど、秘密を知られたくなさそうな保知さんに一つ助言しましょうか?」


 そして図書室のドアに手を伸ばした時、思い出したように香月は振り返ってきた。

 今更、隠したいことの詳細も知らない香月から何か助言を貰うようなことを見逃していたのか?


「…………なんだ?」


 どんどん心拍数があがる身体に、『大丈夫、気のせい』だと言い聞かせながら平然を装って返した。


「今日、雪宮さんの妹に二人が会いに行くみたいですけど、あのクソガキは間違いなく気づくと思いますよ」

 

 

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