第36話感謝される条件


「記憶が確かなら……前は勝手に手出しするなって足を殴ったりしてたのに、どうゆう心境の変化なんだ?」

「だって、男ってみんなヒーロー面で俺が助けました感で出て来るじゃないですか」


 苛めっ子たちが去り際に投げただろうペットボトルを拾いながら、複雑そうに香月は顔を顰める。


「それで感謝したら女の子たちから恨まれるし、だからって迷惑そうにしたら翌日からは『助けてやったのにあの態度』って男も一緒に悪口言うし」


 まぁ、喜ばれるかと思って首ツッコんだのに然るべき報酬が得られなかったら、給料が支払われなかったようなもんだから文句言いたくなる人の気持ちも分かる。


「人のためとか言い訳しながら、他人の事なんて第一に考えてないんですよ」


 往々にして、彼らが行動を起こす前に想像するのは彼女の視点ではなく、自分が褒められた視点だからこそ、想像と違った場合の反感も大きいんだろう。

 ――ぶねぇ……めっちゃボロクソに言うじゃないか。内気な性格良かった、違ってたら危うく同じ道辿ってたぞ。

 

「っあ、別に保知さんが第一に考えてくれたとかぁ。そんな気恥ずかしいことは一切思ってないですから勘違いしないでください」


 危機感が顔へ出ないように我慢していると、


「ただ『問題をきちんと認識出来た人』で、さらに対処出来る駒としか思ってないんで」


 何を勘違いしたのか香月が半ば小馬鹿にしたような震え声で訂正してきた。


 別にそんな事は1ミリも考えてなかったけど、お見通しみたいな感じで予想が外れてるのってこっちまで恥ずかしくなるからやめて欲しいな。


「とにかく、これで納得しました?」


 すぐに冷めた目線から自分の過ちに気づいたのか、香月は何事も無かったように話題を切り上げにきた。


「なんとなくだが、お眼鏡にかなったのは分かった」

「そうですか、良かったです」 


 これ以上突いたら、ペットボトルでも投げられたうえにデリカシーが無い的なことまで言われそうだから、素直に乗っかり理解したことを伝えると少し安心したのか吐息を漏らしていた。


「やらない」


 だから、俺が否定すると『なぜ?』とでも言うかのように分かりやすくうろたえた。


「良いんですか……? 言っちゃいますよ」


 弱点を握ったから気が緩んだのか、未だに主導権を握れていると思って脅してくる香月。


「言えばいい」


 このまま彼女の意を汲んで脅され、言われた通り何かを行ったところで貰える評価は使い勝手のいい駒だ。

 悪いがそんなメリットが無いことはしない、俺はもう摂取され続けるような善人じゃない。


「その場合、俺はお前が虐められていることを公に叫ぶだけだ」


 そう、香月が脅す弱点が手に入ったのと同時に、俺もまたわざわざ脅しを行うほどの弱点を手に入れているってことだ。

 もしそれで誰かが自己満足に正義を振りかざすほど、恨みは全て香月の方へ行く。これはもはや、どっちがバラされても問題ない無敵の人になれるかの勝負。


 自分の手札ではどうしょうもないと悟った香月の目がどんどん曇っていき、


「…………じゃもういい、もういいです」


 やがて力なく呟くと、項垂れて帰ろうとし始める。


 少し可哀そうな気もするが、主従ではなく対等であることを伝える重要な手順なので仕方無い。


「別に、何か報酬が有るなら手伝ってもいいぞ」


 聞こえなかったらしょうがないか程度にポツリと呟くと同時に香月が立ち止り、冷めた目で見返してきた。


「っえ…………もしかしてツンデレなんですか?」

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