第35話夜空に舞うピンクの蝶としんでれら


 アンケートを取れば間違いなくみんなに話題だからと何となくで入れられ、日本を象徴するバンドワゴン効果で不名誉な称号が正式になる。


「っ……どうして俺だって気づいた?」


 ここは多少、強引にでも話を晒さなければ。

 『うわ』とでも言いたげに香月がジト目で見上げてくるが気づかないフリをして回避。


「はぁ……耳が良いんですよ、耳」


 しばらくすると諦めたのか、自分の耳を数回指差しながら説明してくれる。

 なるほど、確かに聴力が良かったら聞き分ける力も優れているのかもしれない。

 だが、そんな事はもはやどうでも良かった。

 先程の消えた女子たちも騒いでたけど全員が等しくずぶ濡れであり、被害もまた当然のように等しい状況なのだ。


 単刀直入に言うと、身体の曲線を強調するように張り付いた体操着の上から黒にピンクのリボンがついたブラが透けて見えている。

 こっちにまで聞こえるほど下着とか騒いでたのだから、香月が気づかない訳がない。

 有象無象と違って下着ぐらい見られても構わないってことか? さすが、根性が違うな。


「ちょっと、聞いてますか? どこ見——」


 耳の話題から一間が空いたことで香月が疑問を口にしながら視線を下げ、まるで初めて気付いたみたいに顔を赤らめ、胸元を隠してしゃがみ込んだ。


「ッな、なn」

「羞恥心の演技まで完璧だな」


 堂々とするよりはそっちの方がラッキースケベ感というか、イベント感、希少価値的なものが増えることも当然熟知している訳だ。

 勝手に手出しした事を怒るのかと思ったけどその素振りもないし、あれだけのことがあったのに俺で練習をする余裕さえあるのか。


「っ……そうです、そうですよ。バレましたか」


 香月は一息つくと頬を赤らめたまま、立ち上がり胸元を見せびらかすように突き出してくる。


「というか化け物になってるかと思ってたけど

、全然メイク崩れてないんだな」

「そりゃ元が可愛いし、控えめですからね。次が体育なのに対策もしてないあっちが可笑しいんですよ」

 

 ほぼ平常時と変わらない可愛げのある顔に触れると香月が胸に手を当てながら得意げに話し、そのせいでピッタリ体操着が張り付いて黒いブラ入っている白い刺繍までクッキリ出てくる。

 正直、目のやり場に困るから適当に上着でも投げたいが……だからといってそうすれば、教室に戻った時に上着のない俺と上着を手にした彼女で因果関係が生まれ、結果的に濡らした犯人だとバレる。


「まぁ、私が可愛いことはとりあえず置いておいて。それよりも今は興奮しているんですよ」


 興奮……興奮?

 何の話をしているのか分からず、記憶を振り返るが特に興奮するようなものは思い当たらない。

 すぐに質問したかったが下にいる香月は『分かりますか』と言いたげにニヤニヤしていた……メンツを保つ為にも自力で答えを導き出すのが1番か。

 内容的にも俺の行動にも別段、特別な話やアイデアとかは出てきて無い。

 手助けしたことを言っているとして感謝はしても、イケメンじゃないから興奮は適切じゃない。


 他に思いつくとしたら、シンプルな答えだけだが……まぁ、ただ分からないと答えてマウントを取られるよりは嫌がらせぐらいにはなるし、いっか。


「声か……下着を見られて興奮している的なことか?」


 顎に手を乗せ、至って真剣で真面目に考えた事だとアピールしながら問いかける。


「——はぁ?」


 違ったようだ……それも盛大に。


 割と最近は軽口を叩けるようになっていたと思うが、初対面へ戻ったように他人行儀で二度とその口を開くな、とばかりに冷たい眼を向けられる。


「さっきの、さっきの炭酸水ですよ。姿を現さなかったのも高得点で見直した所だったんですけど……最低ですね」


 別に冗談でも無かったが適当に誤魔化して逃げるべきだろうかと考えていると、香月が抑揚の無い声で非難しながら再び胸元を隠した。

 ——そうだよ、そもそも俺は褒められたかったんだ! 何で偉そうな態度に反撃を加えようとしたんだ……適当に煽てれば褒められたかもしれないってのに。


 脳内で机を叩き、深呼吸しながら表面上は冷静を装う。


「……可笑しくないか?」


 その最中、客観視しながら自分と香月を見ていた俺は一つの違和感に気づいた。

 それはあまりにも普段と変わらない態度であることで見逃した異常性。

 

「お前……なんで噂知ってるのにあんまり態度変えてないんだ?」


 手助けしたのが体操着の匂いを嗅いだとされる俺だと分かったなら、もっと裏があるんじゃないかと警戒をするのが自然だ。

 それに片桐や雪宮みたいに態度が変わるはず……なのに、少なくとも失言する前まで香月の様子は変わらなかった。

 

「ん? だって————別に保知さんしてないですよね」

 

 何事でもないように放った香月の言葉に、身体中の電気信号が上書きされたかのように衝撃が走り、呼吸も何もかも忘れて固まった。


 ッ、なぜバレた? バレる要素なんて無かったはずだ。

 何か知らないものが知らないうちに広まっていたのか、そうだとしたら一体どこまで広まっているんだ?

 何よりも、それじゃ俺が片桐に告白したことだけが前面に残るじゃないか。


「いや、確かに俺はやったよ。火のない所に煙は立た無いって言うだろ、どこで勘違いしたのか分からないが事実だ」


 気を取り戻した俺はすぐさま否定した。


「人間の悪意を知らない先生方や生徒なら騙されたかもしれませんね」


 見透かしているぞ、とでも良いたげに香月は指を振りながら続け、


「普通、よほどの馬鹿じゃない限りは責められる事ぐらい分かりきっているから皆の前で自白なんてしませんよ」


 嫌われるために吐いた嘘の粗を指摘してくる。

 なんだこれ……まるで殺人犯を追い詰める探偵みたいに推理を披露されてる。

 つまり、何か物証が出たわけでなく、悪意に慣れている香月だからこそ感じ取った違和感で判断した訳か。

 しかし、香月も言ったようにその憶測には大きな穴がある。


「失礼な奴だな……あの時はテンション上がって口走ったんだよ」


 そう、馬鹿だったら何も問題ないし、考えすぎという結論へ行くのだ。


「さっき助けてくれた時に思ったんですよ。あれは何か別へ注意が向かないように起こした山火事なんじゃないですか?」


 せっかく『遠回しに馬鹿だと自白して恥ずかしそうにしている』感でリアルな雰囲気が出せたのに、こいつ……磯崎先生と同じで点を線に出来たらもう話を聞かないタイプか。

 幸いにも答えにまだ辿り着いてはいないけど、唐沢に聞きに行けばバレるのも時間の問題だ。


「それでー、多分後少しで間違いなく保知さんが隠したかった事が分かるんですよ」


 どうするべきか、悩んでいると香月の態度が一変し、意味ありげな表情を浮かべながら初めて態度が低い、媚びるような上目遣いをしてきた。


「んー、お前……もしかして脅してんのか?」


 いや、いくら何でも手助けしてくれた奴を脅すなんて肝っ玉が座りすぎてるだろ。

 一応、確認すると香月は特に否定せず、


「虐められっ子シンデレラの境遇を変える魔法使いになれるんですよー、魅力的ですよね!」


 と手をぱちぱち叩きながら、有無を言わさない笑みを向けてきた。


 シンデレラって、シンデレラ……高校生にもなって自分をそう例えるのが恥ずかしくないか。

 しかも、魔法使いって……俺の中では『シンデレラが好きだけど彼女の幸せの為ならと、老婆に変装して手助けした村人A』ぐらいの損な役割じゃないか。

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