第34話誰でもない第三者である必要性


「男にヘコヘコ媚び売るの止めろって言うのがそんなに難しい?」


 静かに窓を開け、スマホのカメラだけを下に向けて画面越しに観察する。

 手入れが行き届いていない花壇の内側、室外機の隣で壁に背を向けた香月を四人が囲っている状況。

 全員が体操着姿であることから同じクラスで俺たちと入れ替わるように次が体育だって分かる。

 

「最近さぁ、片桐たちと少し仲良くなったからって調子乗ってるよね」

「別にたまたま話すようになっただけで、そんな訳じゃッ——」


 香月が弱めに壁へ叩きつけられ、先程聞いた音が響く。


 主導権を握っているはポニーテールとセミロングの二人、病院でも見かけた奴だな。

 女の子は世間が押し付けた『理想な女子』というルールブックにある程度従うから、あまり表で感情を出さず気づきにくい。

 同じ理由で、行動の対価を教師や他生徒たちの印象から支払われることがないから陰湿で性格悪く感じる。

 その点、間違っているなら文句を言って来いとばかりに、皆の前で堂々と行う唐沢はとても印象が良い。

 普通なら、もっと根も葉もない噂が聞こえても良いはずなのにそれもないのだから。

 

 囲んでいた一人が手に持っていたペットボトルを香月の頭上は持っていき、


「っあ、ごめ〜ん。こぼれちゃったー」


 まさか、そんな訳ないよなと考えた直後。

 謝りながら後の授業のことなどお構いなしに水をぶっかけ始めた。


「——っ」


 香月だって男子が描く理想像を演じると決めた上で、プライドやら自分の好みとか色々捨て去って努力しているのだろう。

 それなのに敬意もなく、同じ土俵に上がろうとすらせず、ただ猫かぶりの嫌な奴として蹴落とそうとする。


「あーはい……わざとじゃないのは分かってます」


 全てが想定内であるのなら修羅の道を平気で通る奴、と楽しめたが……額から水を滴らせながら覗かせるあの目はそんなんじゃない。

 あれは昔の俺みたいに、予想外の状況に必死に我慢している目だ。


 小さくため息を吐き、もう見なくていいと俺はスマホを仕舞った。


「まぁ……でも飲み物をこぼすぐらい。誰でもやるミスだし責められるほどのことじゃ無いか」


 俺はイケメンでもなければ人脈も、力も、信頼も無い、ただ顔を知られた変態で嫌われている一般人。

 ここで自己満足のためだけにしゃしゃり出れば『変態をたぶらかした香月の攻撃』と認識されて余計に拗れるし、陰湿になって悪化するだけ。


「それに……元を辿ればヘイト管理を失敗した香月が原因だし、自業自得だろう」


 床に置いた炭酸水とチョコレートサイダーを持ち、来た道を戻る。


「——まぁ、それはそれとしてッ」


 話題に一ミリも関係ない『誰でもない奴』がたまたま飲み物を零し、たまたま全員一緒に濡れちゃう偶然が重なることぐらいあっても可笑しくはないよな。


 一息ついた俺は勢いづけて駆け出し、クソ自販機に膨れ上がり切っている炭酸水を力の限り叩きつけた。

 嫌な奴と嫌な事、俺は今間違いなく無関係な二つを組み合わせてプラスにしようとしている。


「っべぇぇ! 落としちまったッ!!」


 血迷ってVtuberを目指そうとした時に取得したミックスボイスで声質を変えて喚き、メキメキと音を上げ始めた炭酸水の飲み口を窓の外に向ける。

 ――さぁ、世界最強を目指した炭酸の力とやらを見せてくれ。


「ん? だれか——」


 蓋を外した瞬間、勢いよくキャップと共に炭酸水が吹き出し、外の声が途切れた。


「……教室だったらやばかったな」


 一瞬にして1滴も残すことなく空となったペットボトルを、やっぱり持って帰らなくて正解だったと思いながら窓から引っ込める。


「——ちょッ、ちょっとッ! 何してくれてんの!? びちょびょになったじゃんか!?」

「メイクも落ちるし、下着も見えるしッ! 謝れよ!!」


 窓の外からぎゃーぎゃーと騒がれるが、謝れ=復讐するから顔見せろという隠語ぐらいは分かりきっている。

 しかし、気づかなかったけどメイクか。

 あの行動には体育で化粧が落ちてめちゃくちゃになった香月の顔を辱めようとかそんな意味もあった訳だ。


「げ、外に人いたのかよッ?! 逃げよッ!!」


 わざとらしい足音を立てながら走りさり、頃合いを見て静かに戻る。


「あッーー、もうッ最悪!! 何これサイダー? ベタベタなんだけど」

「何で私がこんな目に遭わなきゃいけないんだよ」


 ご謙遜を、こんな目に合うのに君たちほど適任な人物は居ない。

 そして一応、成分表を見てみるが砂糖の類は一切書かれていない。身体がベタベタするのはプラシーボ効果か素材本来の味って奴だろう。

 チョコレートサイダーじゃないだけ有難く思って欲しいものだ。



「ねぇー保健室に予備あるはずだから早くいこーよ、メイクも直さなきゃいけないし」

「チッ……何見てんだよっ」


 イラつきが隠せない声と空のペットボトルを投げたような乾いた音が響き、それと共にだんだんと騒がしい女子たちの声が遠のいていく。

 静寂が辺りを包んで帰ってくる様子はない、完全に離れたみたいだな。


 さて……俺がこの後に取れる行動は二つ。

 一つ目は何食わぬ顔でここを立ち去る。

 自分勝手に手助けしただけなのだから顔を出す必要がないのだからこれが1番自然だ。何より慣れている。


 二つ目、どこかのラノベ主人公みたいに窓から恩着せがましく顔を覗かせ『大丈夫か?』と歯がゆい言葉をかける。

 情けないところを見られたという追加情報で、余計相手の心へダメージが大きくなるだろうにそれでも顔をさらけ出して称賛を浴びたい、実に自己中で偽善な行動だ。

 まぁ、でも称賛とか貰えるなら貰いたいし……我慢して後者か。


 全く、恥ずかしさとかもろもろどうやって乗り切ってあいつらは何食わぬ顔で声を掛けてるんだ? 相当面の皮が厚い勇者だな。


 顔を出そうかなった窓枠に手をかけ、いざ顔を出そうかなって時だった。

 勝手に手出しするなと香月に散々忠告されていることを思い出した俺は動きを止めた。

 これ……顔出したところで感謝すらされず、罵声が良いところじゃないか?


「……逃げよっと」

「――学校一嫌われてる変態がそこで何してるんですかー?」


 窓は次の時間に閉めればいいや、と放置してすぐにその場を去ろうとすると香月がこっちに向かって誰かを呼称する。

 確かに俺も中々に嫌われているが……別に学校一という訳でもないはず。

 つまりは、今やったようなことを平気でやる奴が別にいるわけだ。随分と性格に難が、


「どうせそこにいるんでしょ、保知さーん!」

「俺が一番な訳がないだろ、そう呼ぶからにはそれなりの証拠を出せ」

 

 窓から身を乗り出し、口に片手を添えて間の抜けた顔で見つめてくる香月へツッコむ。

 否定するところを否定しないと噂だけが独り歩きしてしまう、その他と一位では印象が段違いに違うからな。


「いーや、あんな噂が流れてどこで否定できると思ったんですか……? アンケート取って来ても良いですけど、余計にダメージ大きくなりません?」


 

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