第33話保たれていた均衡の崩壊


 謎を後回しにして厄介なことになるとか嫌いだが……本人に一つずつ問いただす以外に確かめる術がない。

 今は先入観を出来る限り捨ててあの人の生存確認を優先しよう。

 そう思って妹に電話を掛けながら柄山に飲み物でも買って帰ろうかな、と人の気配が一番少ない自販機へ向かった。


『――ねぇ~居なくなってからご飯が不味、あんまりよろしくないんです』

「うーん、そうなのか……俺も不味いご飯を食べてみたかったよ」


 開口一番、飯事情を訴えられるが気遣いと美味しさが感じられるようになった事が嬉しい以外に感想はなかった。


「それで聞きたい事があるんだけどさ」

「聞きたいこと……?」


 なので適当に返してさっそく本題へ移る。


「俺が事故で押した女の子……本当は死んでるんだろ?」

『はぁぁぁぁあ? 電話、え……?』 


 探る時は真実を知ってしまった風に聞くのが一番効率が良い。

 何のことか分からないと混乱している様子だが、これはまだフェイントの可能性が残る第一声、重要なのはもう少し後に発せられる第二声。


『――トラックの糞野郎が教えたの?』


 息を呑む音が電話越しからでも伝わり、初めて聞くような重々しい声が返って来る。

 それじゃ……つまり俺はここ数ヶ月、死んでいた相手を貶していたって言うのか。なんで憶測で満足しないで早く確認しようとしなかったんだ。

 頭の中を色んな自己嫌悪が湧き上がるように増大し、思わず壁を叩く。だが、思っていた以上に痛くなる腕にやらなきゃよかったと直ぐに後悔した。

 しかし、そのおかげで冷静になった俺は電話越しから笑いを押し殺している声が聞こえていることに気づいた。


「お前……騙したのか?」


 数十秒の沈黙後、一応確認してみるとまるでこちらに非があるように「はぁぁぁ」と長いため息を吐かれる。


『どうせ言ったところで信じないんでしょ。電話番号貰ってあるから自分で掛けてみれば』


 嘘をつくために運転手をクソ呼ばわりまで『裏切ったな、アイツ感』を出すなんて、


「流石俺の妹だ、中々やるな」


 フェイントをかけた仕返し、そんなの咄嗟に出来るなんて怠惰に生まれなかったらうちの妹は天才になっていただろうな。


『兄ちゃんが残した遺伝子プールの後なら誰でも優秀になるよー』

「そうかそうか、他の人だったら気づかない地味な優しさも見つけて褒めてくれるのはお前だけだよ」


 馬鹿されたが適当に気づかないフリでかわしつつ、とりあえず本当に電話番号が送られて来たのでもう用はないとばかりに通話を切る。

 きっと妹にはこれで『別に褒めてないんだけどな』とモヤモヤを残ったはずだ。


 俺は送られて来た電話番号をじっと見つめる。

 

 話しぶりから考えると恐らく電話は本物、つまりあの女の子は生きていてお礼に来ていないだけの子と考えられる……考えられるがこれもまた憶測の範囲を超えない。

 しかし、電話で確認するとしても何の話をすればいい『あの時助けた人ですけどお礼にも来てなかったので心配になって電話しました』これじゃ彼女の人間性を疑って催促しているみたいで絶対違う。

 ここら辺の高校の制服が全部似通った後ろ姿で無ければ、直接探しに行くという手段もあったというのに。


「――そうか、なんて単純な問題だったんだ。間違い電話として無言で鳴らせば……」


 いや、妹があっちにも俺の電話番号をあげていたらどうする? 

 だけど、他の電話を使うにしても公衆電話なんてもう見かけないから他人から借りるしか道はない。俺は……電話するだけなのに何でこんな考えているんだろう。

 急に馬鹿馬鹿しくなってきたので思い切ってコールを押した。


「……出ない」


 一向に出る気配がないまま、留守電へ切り替わる。

 しかし、留守電ということは3カ月経った今も少なくとも契約されている訳だ。

 死んで解約して別の人に偶然同じ電話番号が割り当てられた可能性もあり得るが妹の反応と合わせてもその確率は非常に低いはず。


 生きているならそれで良い、タイミングばっちり目的地にも着いたし電源切った。

 あまり人通りもない薄暗い廊下を窓から差し込む僅かな明かりと共に照らす自販機。


「自販機の癖になかなかダークな雰囲気があるな、ジュース買ったら心臓発作で死にそう」


 冗談はほどほどにして、ラインナップを見てみると水やコーラ、コーヒーとごく普通。

 だが、下段へ視線を向けるとお茶炭酸水、コーヒー炭酸水、チョコレートサイダーetcと見たこともない炭酸系の色物をこれでもかと取り扱っていた。


「…‥柄山の好みとか分からないし、王道でいっか」


 なんとしても買ってもらおうと頑張っている担当者には悪いが、人にあげる物だしと思いながらコーラを押した。

 

「世界最強を目指して0度の純水に炭酸をブチ込めるだけぶち込んだ強炭酸水……?」


 だが、実際に出てきたのは今すぐにでも爆発しそうなぐらいに膨れ上がっている炭酸水。

 コーラの右を見てみると確かに同じ商品が置かれていた。


「一個左にズレてるのか……」


 限界に挑戦するのは良い事だと思うが、買われたと同時に起爆するから絶対自販機で売るべき商品じゃない。仕方ない……これは自分が飲もう。

 そう思って仕方なく今度は左のお茶を押すと、先ほどの炭酸水と同じ位置にもう1本落ちた。少し嫌な予感がしつつ俺はそれ手に取る。

 

「チョコレートサイダー……か」


 見た時から思っていたがまろやかなで濃厚な味わいを楽しむチョコレートドリンクに刺激的な炭酸を合わせたら多分不味いことぐらい想像出来なかっただろうか。

 流石に酷すぎるので飲み物を床に置き、自販機に電話番号が載ってないか探した。


「お、あった……っまじか」


 番号は入ってきた反対の側面ですぐ見つかった、見つかったがそれと共にデカデカと『出る商品が分からないから楽しい! スクラッチ型自動販売機!!』とふざけた事が書かれていた。

 確かに商品の下にボタンはあるが仕切られているわけでも上の商品が出ることなど一言も書かれていない。人が初手で来ることのない逆側にデカデカと書いてあるのもきっと意図しない偶然なのだろう。

 酷いな、100円傘を盗まれても訴えるための費用の方が高額になって盗んだ者勝ちになっている社会悪と共通するものがありそうだ。


「はぁ……やられt」

「——だからさぁー、何回言ったら分かるんだよ、耳悪いん?」


 パンパンに膨れ上がった炭酸水を眺めながら意気消沈していると唐突に女子生徒の苛立ちが混じった怒号が聞こえ、続けるように叩きつけるような物音が窓の外から響いた。


 2階であるここの窓の下ってことは俺も目を付けていた校舎裏、全校生徒で草取りでも行わない限り近寄る目的がないと思った場所。

 喧嘩か、痴話喧嘩か分からないがなかなか場所選びのセンスがある奴である事は確かだ。


「いやぁ……私もイライラさせないようにって考えてはいるんですけど……すみません」


 気づかれたら変な因縁付けられるかもしれないからさっさとその場を去ろうした。

 しかし、どこかで聞いたことある生意気そうな声が聞こえ思わず立ち止った。


「見るだけ、少し見てみるか」


 幸せは不幸と相対的な物、妥協して下と比べることで日常の全てが幸せになるのだからこれほど効率的に幸せだと実感するものはない。

 女子の争いにも興味があったし、後で冷やかすカードとしても何か収集できるかもしれない俗物的な理由だ。

 決して少し知っている仲だから心配とかで様子見する訳じゃない。

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