第31話消えたスマホと教室にいた片桐
人気のない物陰で昼ごはんを食べて暇を潰し、着替えて午後の体育のためにグランドへ向かっている最中でも俺はずっと言われたことを考え続けた。
隠せるなら隠して黙っているのが人として正しい、そう思っていたけど……化け物か。
『良いことは返って来ない』そう決めつけるほど不貞腐れていたが普通に考えてドブ掃除やゴミ拾い、風で倒れた看板を誰にも見られないように直したところでお礼など来るわけがない。
『褒められたいと偽善をしていれば見てた人から良い事が返って来るかもしれない』そう、多少聞こえが悪くなるが正しい日本語を使って教えて欲しかったな。
これからは積極的に人前で見せびらかす方向へシフトして、
――刹那、脳裏に大衆の前であるにもかかわらずトラックから黒髪の女の子を助けた光景が浮かんだ。
ちょっと待て……お礼を言われないことに慣れていたから疑問を持ってなかったが命を助けたのにお見舞いにも、お礼にも来ない。
普通かどうかなら多分異常の方じゃないか?
家族やドライバーが特に暗い雰囲気を出してなかったから生きてるだろうと思っていたけど、気遣わせないために嘘を吐いてて本当は死んでいる可能性も十分あるはず。
鼓動が速くなり、今すぐ電話で確認したい衝動に駆られる。
しかし、スマホは教室の制服に入れっぱなしだ。
幸い、校舎の時計を見ると早めに出たから時間にはまだ余裕がある。
女子の着替えは別だし教室に戻るだけなら何か言われることも少ないだろう。
「女子更衣室なら先生が見張ってるし終わっても鍵かけるようにしたから入れないぜー」
すれ違い様の茶化し笑ってくるクラスメイトを聞き流しながら静かに1-Cの教室の前に戻る。
耳を澄ましてみるが男子生徒は既に全員着替え終わって出て行ったのか、物音は全く聞こえない。
『良かった、誰もいないなら気楽に入ろう』そう思いながら普通にドアを開けた。
「――ッ」
直後、誰かの息を呑む音が聞こえたのと同時に机が凄まじい物音を立てながら波を打つ。
「うぅ、いったぁ……っ」
あんまり会いたくない人のうめき声が聞こえると共に机々から涙目の片桐が頭がゆっくりと上がり、確かめようにこちらを見ると固まったように動かなくなった。
「ぁー……ごめん」
誰かいる事が分かってたらこっちだって物音をわざと大きく鳴らしたりしたが……しかし、それにしても過剰に反応しすぎじゃないか。
「う、ううん、スマホ忘れて取りにきただけだし」
「ん? ……そっか」
仮にも自分の所持品を舐めたと告白した相手と二人きりで会話してるのだからもっと蔑んだ目を向けられるかと思ったが……意外にも聞いてもいない意味不明な報告をしてくる以外はいつもと変わらない。
バレてるのか? いや、嘘つかれても分からないと言ってたからきっとそうじゃない。
何より保身のための嘘とは違って嫌われる為の嘘などという合理的じゃない物、理由を知らなければ簡単に分かるはずがない。
妙なむず痒さを感じながらさっさと目的のブツを取って教室を出ようと、俺は足早に自分の席へ行き制服へ視線を向ける。
恐らく誰かが手に取って他人に押し付けてバイ菌扱いでもした後なのか、教室から離れた時とは違う畳み方に加えて少し乱れていた。
まぁ、そんな小さな事より妹辺りに電話して確認だと俺はポケットに手を突っ込んだ。
「————」
無かった、あるべきはずの固い感触が無かったのだ。
数秒ほど固まり、上着とズボンのポケット全て確認するがやはり無い。
「……はぁ」
まさか窃盗とは凄い、公になれば間違いなく叩かれるぞ。
しかし、焦ることはなかった。
なぜならこれは間違いなく罠だからだ。地味な攻撃しかしなかった彼らが明らかな犯罪行為に手を出す訳がない。
差し詰め自分が置き忘れたのに俺らが盗んだと騒ぐクズ、そういう筋書きで逃げるために教室のどこかに無傷のまま置いてあるはずだ。
「ど、どうしたの?」
目立ちすぎたみたいで何かあったと察した片桐が手を後ろに回しながら少し遠慮気味に聞いてくる。
「スマホを教室のどこに置いたか忘れたみたい」
なので俺も騒がず忘れたことにする。家ならともかく学校はすぐ見当がつくだろうし分かりやすい嘘だ。
「あ、あー……良くあるよね」
――ある訳ないだろう。
誰かに隠されたと察してくれると予想していたので、思わず心の中で突っ込んでしまった。
信じられないとばかりに固まってると恥ずかしかったのか、見たことも無いような下手くそな作り笑いを向けて来た。
「良かったらでいいんだけど……電話番号を教えるから電話かけてくれないか?」
身体をビクッとさせると片桐が視線を逸らした。
「スマホを忘れちゃって持ってない」
「さっき――」
「家に忘れちゃって今無いの」
スマホを取りに来たって言ってたのに凄い矛盾だな、と思いながら指摘しようとすると有無を言わさない勢いで早口で片桐が言ってくる。
そもそも今朝、舌打ちしてくる雪宮を見た時に視界に入ってたけど普通に持ってたし、何ならやってないって言ってたLINEのアイコンも見えてたのにな。
「そっか、ならいいんだ。他を当たる」
これも嘘をついたゆえの非協力性か……別に体育の時間が終わったら先生にでも借りれば解決するだろうし我慢だな。
だが、ここでずっと感じていた違和感が強くなった。
なぜ片桐は『スマホを取りに来た』と言いながら『スマホが無い』と安易に矛盾させた?
俺が入ってきた時のあの異様な驚き方とこの不自然な会話と反応はなんだ?
そして何より、ここに立って初めて分かったが机の乱れ方がどうして片桐の机からではなく俺の机から逃げるように直線状になっている……?
――こいつは本当にスマホを取りに来たのか?
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