第29話何も要らない彼は何も得ない。

 登校して最初に感じたことは視線だった。

 まるでテレビに出演した有名人のように一年生はおろか三年生まで俺の顔をみるや否、皆がヒソヒソと噂を始めたのだ。

 話だけなら誰が誰だか分からないはずだから察するに俺が病院で撮られた写真も一緒に撒き散らされたか。

 

「はい、じゃープリントを後ろに回してな」


 前方から回されて来たプリントを取ろうとすると掴む前に落とされてヒラヒラと床へと落ちる。

 次がこれ、本日何度目か分からないぐらいにやられた。


「悪い、もう掴んだと思ってた」


 しっかり謝罪を言いながらも彼の方が近いはずなのに全く拾おうとしない。

 流石、高校生。後で問題になるようなことはしない嫌がらせ方法を学んでいる。

 そしてマニュアル化でもされているのか、移動教室で相手が変わっても初手だけは絶対に落とされるのだから凄い。


「いや、いいよ」


 右前の席か、嫌な所に落ちたと思いながら転がったプリントを取ろうとすると予想してた通り直前に靴で踏まれる。


「ごめん、ちょっと退けて欲しいんだけど」

「っあ、悪い悪い」


 謝りながらも唐沢はさらに擦り付けるように汚してから足を離す。

 やったな、これで靴跡がついたプリントは2枚目だ。


「……チッ」


 顎に手を乗せながら様子を見ていた雪宮が舌打ちしてくる。当然、学校中に回ったのだから片桐たちにも知られない訳がない。

 教室に入った時から雪宮は不機嫌そうにし、片桐はいつもより元気のない笑顔を周囲に振りまく。

 それは休憩時間になっても変わらない、


「いやぁ……この感じだったな」


 自分の席に座りながら独り言を言い、皆がチラチラ見てくる懐かしの風景を眺める。


「ちょっとお手洗い行ってきていい?」

「おぉ、俺たちがいるから気にせず行ってきな」


 だが、行動派が多かった小学生の頃と比べれば小言を言われてプリント落とされるぐらい、些細なことだ。


「ありがとー」

 

 しかし、トイレで席を離れるのにも一々報告しなきゃいけないんだから片桐は大変だな。

 直接視線を向けてると何か言われかねないので窓の反射からこっちを見てくる唐沢を眺め、


『ッポト』


 昼飯は教室で食べても美味しくないだろうしどこで食べようかな、と考えていると足元から小さな物音が聞こえた。


「ん?」


 視線を下げると丸められたノートの切れ端が転がっており、唐沢たちを見ると無関係そうに談笑していた。

 何か悪口でも書いてあるのかと開いてみると『昼休み、特別教室の廊下に来て』と可愛らしい字と右下に片桐の名が記載されていた。


「はぁ……」


 何と古典的な騙し方だ、そう思いながら俺は後ろに配置されたゴミ箱の前に行き『こんなのに騙されるのは小学生までだ』と心の中で決め台詞を吐きながらビリビリに引き裂き、くす玉気分で手のひらからパラパラと捨てる。

 しかし、気持ちよく手のひらに残った紙屑を指で摘んではゴミ箱に入れている時だった。

 突如として足を控えめに蹴られた。


「ん?」


 そりゃ皆が皆、成長してるわけじゃないから高校生になっても手を出してくる奴はいるか、とゆっくり横を見ると片桐が頬を小さく膨らませながら俺の手を見ていた。


「…………もしかして、本人が?」


 たどたどしく小声で聞くと返事代わりにもう一度足を蹴飛ばされ、片桐は自分の席へと何事も無かったみたいに戻っていく。

 少し罠の可能性が低くなったので行くだけ行ってみるか、と思いながら俺も自分の席へと座った。



 昼休み、すぐさま俺は教室を抜けて人通りの少ない屋上続く階段に行き、誰も後ろからついて来ていないことを確認してから特別教室のある廊下へ行った。

 当然、行くまで時間が掛かったから待っているものと思っていたけど片桐はまだ来ていない。


「なら違うか……?」


 てっきり片桐が既に待っていて、俺が表れたタイミングで特別教室から他の人達が飛び出してくるかなと思っていたけど罠の確率がもっと低くなった。

 一応確認としてドアを開けてみるがやはり誰もいない。

 そういえば時間とか書いてなかったし『お前、いつまで待ってるんだよ』で休み時間終了間際で現れるタイプかもしれない。

 もっと人気がない所でも探して昼飯を食べようかなと思っていると


「――ごめん、待ったよねッ」


 と急いでる足音が聞こえ、直ぐに曲がり角から片桐が息を切らしながら現れた。


「別に、俺も今来たところだから大して待ってない」


 若干、デート的な会話だなとも思ったけど事実なので特に余計なことを考えず、ありのままを伝える。


「何で呼び出したんだ?」


 他人に見られると不味いから遠回しに呼び出したのだろうし、手っ取り早く本題へ入る。


「ほら、噂の話でちょっと聞きたいなって思って」


 緊張した時の癖なのか前回と同様に編んだ毛先を弄る。


「そんなに仲良くもないから……嘘を吐かれても全然分からないの」


 誤魔化し難くさせるための前置きだと言うことは察した。

 大方、最終確認して本当だったら今後の付き合いを改めようと思って呼び出したのだろう。


「だから正直に答えて欲しいけど、あの話って本当?」


 こちらの真意を見極めようとするかのように真っ直ぐな目で片桐は質問してくる。

 元から俺は別に彼女と仲良くなることなど考えてないし、たった一人の理解者なども求めてない。

 彼女の恋も効率的に考えるなら過去など構わずの前を向いた方が良いに決まっている……これまでの関係を断ち切るのにも丁度いいタイミングか。


「ふぅ……何を聞かれるのかと思ったけどそれか」


 だから俺は声を出すなと警告するように握り潰されている自分の肺を深呼吸して無理やり動かし、何を当たり前のことを聞いて来てるんだと迷惑そう眉をひそめ、


「あぁ、全部本当だ」


 と全てに嘘をついた。


 非難する訳でもなく、見下す訳でもなく、ただ失物悲しげに片桐が俺を見つめたまま動きのない静止した時間が流れる。

 そして背後から誰かが近づいてくる足音が聞こえた事で唐突に再び動き出した。


「……そっか」


 それだけ呟くと片桐は何も言わず、ただ来た道を戻って行く。こんな奴と一緒にいるところを見られる訳には行かないので当然だな。

 だが、言い終わった後の目の意味が分からなかった。まるで何か有った物が失った、無くなったかのようなそんな失望した目だったから。


 そんな事を考えていると後ろから近づいてきていた足音が止まっていることに気づいた。


「私の教室の前でコメントし辛い状況を作らないでほしいんだがなぁー。とりあえず……これでも食うか?」


 聞き覚えのある声にゆっくり振り返ると、そこには本を抱えた磯崎先生がしかめた顔で口に咥えたカロリーメイトを揺らしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る