第28話偽愛は悲しみ、愛の神は笑う

 安藤も唐沢も目を細め、困惑したように両隣へ視線を送り合う。

 可能性を捨てられないなら簡単なことだ。空いたピースの穴に無理やりにでもキモい奴という凸を作ってハメられないようにすれば……噂など簡単に消える。


「そもそも一緒に聞いただろ、振られたって」


 心底残念そうに言おうとした。だが、周囲から目線が集まっている恥ずかしさでふと笑いそうになってしまう。

 ——照れ笑いなんて見られたらクズの印象が薄くなる、そう思った俺は咄嗟に顔を俯かせて隠した。

 しかし、いつまでも下げている訳にもいかない、どうしようと少し悩んでいると西原が馬鹿にしたように笑った姿が今の自分が重なることに気づいた。

 そっか……別に照れ笑いでも笑いは笑い、話で印象が変わるだけでそこに大差はない。


「……はは」

「何笑ってるんだ?」


 失笑を聞こえるように出しながら肩を震わせると望んでた通りの言葉が返ってくる。


「だってさ、上履きやリコーダーを舐めたり体操着の匂い嗅いだり、椅子に頬を付けたことも何もバレてないのに振られたんだよ? 信じられるか?」


 出来る限り有名どころでキモイ行動をピックアップ、最後はネタ切れになって直近の出来事も盗んで入れた。

 教室中の何もかもが予想通りに悪化していく。しかし、ここで一つ予想外のことがあるとすれば……それは本人の柄山がスマホを弄る振りをしながらまだ教室に残っていたこと。

 当然、彼だけは嫌悪から疑惑と混乱の眼差しへと変わる。

 まぁ、一つぐらい被っていたとしても仲間だったのか、とかで勝手に納得して大きな問題にはならないだろう。


「――きもっ」


 教室で不快そうに様子を見ていた誰かが呟くとともに彼らが正義になり、自分が悪となった気配がした。

 なんだ……結構騙すの上手じゃないか、手玉に取るように思い通りになっている。


「キモイ? 誰だって言わないだけでこれぐらいのことはやってるだろ?」


 さらにその感情を増幅させるために大声で的外れなことを聞き、返事がなく哀れな姿を見せることで彼ら個人の意思がまるで教室全体と同一であると錯覚させる。


「ん? 誰も一緒の人いないの?」


 誰も反応しない。当然だ、例え本当にやってる人がいたとしてもわざわざ皆に報告する必要なんて全くないのだから声が上がるはずが無い。

 そう思っていた、いたのだが……柄山が自問するようにブツブツと机に座っているのが目に入った。

 もしかしてだけど、今の状況が彼を庇っていると受け止められた? そして最後のチャンスだぞ的な何かにでも聞こえたのか?

 彼が名乗り出てしまえば積み上げて来た嫌な奴って印象が崩れ落ちてしまう、変なところで漢気を出さないで欲しいが様子を見るからに名乗り出るまではもはや時間の問題。


「お前だけみたいだな、キモイことをしてたのは」


 不味い、不味い、不味い、柄山が俺を非難するその言葉に反応して立ち上がった。もはや言葉なんて選んではいられない。


「よく言うよ、お前らだっていつも片桐と雪宮とつるんでいるのはヤリたいと思ってたからだろ? 良いのか? 片桐も雪宮もビッチそうだし今頃奢りに行ったあの男と――」


 次の瞬間、視界が白くなり机に入っていたはずの教科書共々俺は床に転がった。

 一瞬、何が起きたのか分からなかったけど唐沢の怒りに震えた表情とどんどん熱くなってくる頬、それと口の中で血の味がしたことで殴られたのだと気づいた。

 少し……というよりはかなり言い過ぎたかもしれないな。


「おめぇ……言っていい事と悪い事の区別もつかねぇのか、そんな性格だから振られたんだろッ!!」


 騒然とする教室の中、1発だけじゃ気分が落ち着かなかったのか、唐沢はさらに襟を掴んで拳を構えてきた。

 だけど丁度いい、後で反省会して自分で自分を殴るよりは彼に任せてボコボコにしてもらおう。


「やめ、唐沢やめろってッ!!」


 そう思っていたのだが、安藤や他数名によって唐沢の手足が拘束されることでそれは防がれた。

 俺は立ち上がり、何故殴ったのか分からないどころか貰えない同情を貰おうとするように周囲へ目線を送る。


「みんな、今こいつ殴ったぞ。どんな理由が有っても暴力はダメだろ」


 平常時ならきっと賛同してくる奴らもこの通り、だんまりだ。

 良い感じにヘイトが集った。もし今、学校が暴力についてのアンケートを実施したらきっとこのクラスだけ偏るだろうな。

 身動きが取れない唐沢は歯を食いしばったままずっと俺の方を睨み続け、その拘束はいつ外れても可笑しくなかった。

 そういえば柄山はどうした、と思い出して目線を向けると彼はタイミングを失ったからか再び席に座っていた。


「保知、もう帰れってッ!! それとも唐沢に殴られたいのかッ?!」


 出来るなら後4、5発は殴られたい方だが……言うわけにもいかないし、ここらへんがピークだな。これ以上やると胡散臭さが出てしまいそう。

 なのでいい加減にしろ、とばかりに手で追っ払うように合図する安藤に従って俺は大人しく教室を出た。

 さて、明らかに唐沢含めた教室にいた彼らの鬱憤は頂点に達した。そして暴力という逃げ道を無くしたそれが行き着く場所なんて一つしかない。


「ふぅ……明日が楽しみだな」


 恐らく平穏な学生として過ごす最後の景色になるだろう、夕焼けと部活動をする学生たちを眺めながら半ば自分に言い聞かせるようにそっと俺はそう呟いた。

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