第27話選び抜かれた『ジョーカー』のカード

 そのまま固まっていると眉ほどまで伸ばした茶髪にリング型の耳ピアス、肌色の半袖シャツ、ジーンズ姿の男が横から顔を覗き込んできた。


「——っ」


 間違いなくあの日、大声を出して注目を浴びせてきた西原 拓也。他でもない、彼が目の前にいた。

 『人違い』『誰ですか』そう否定したかったが確証を持った上で聞いてきた場合を考えると迂闊に声が出せなかった。


「やっぱそうだよな、ぼっちやん!! こんなところで会うとは思わなかったよッ!!」


 周りが五月蠅そうに視線を向けてきているのが見えていないかのように西原はさらにボリュームを上げる。


「すみません、他の患者さんの迷惑にもなりますからもう少しだけ声を下げて貰ってもよろしいでしょうか?」


 見かねた受付の一人が近づいて指摘すると「あぁ、すみません」と西原はすぐに人が良さそうにニコニコしながら謝る。

 意外と素直な人に成長している、そう思ったのも束の間、看護師が感謝を口にして背中を向けると西原はすぐに小さく舌打ちした。


 成長は成長でも二面性を会得したわけだ。側面は香月と同じでも終わった後に怒りか、苦労を出すかで意外にも印象が全然変わってくるんだな。

 今度、香月に『まだ可愛げがあったで賞』としてストレス軽減する機能性表示食品でもあげよう。


「まじ嬉しっ、お前が告白している所を見た時は本当、笑いを堪えるのが大変だったんだぜ」


 心底面白そうに手で口元を押さえながらクスクスと、あたかもあの日あの場に居合わせたように西原は笑う。

 当然、人が来ない場所を念入り調べた上なので、今の今まで他には誰もいなかった思っていた俺は呆然とした。


「……見てたのか?」


 そして十数秒の沈黙を得て絞り出した第一声に「言って無かったっけ」と西原は首を捻る。


「先生に用事を頼まれたら偶然な。だから――すぐに言い回ったよ」


 続けて何気なく連投してきた情報で意識が抜け落ちそうになる。

 西原は自分が一番最初に手当たり次第に話し回ったと自白した。

 それはつまり、片桐がすぐにバラしたと思っていた俺の認識が間違っていることを示す。


「ところで土曜なのになんで制服なんだ? ファッションセンスに自信がないのか?」


 しかし、俺の頭が混乱したのはその一瞬だけだった。

 それで片桐が一緒になって笑ったという事実は変わらないし、言いふらした可能性も完全に消えた訳ではない。

 何より彼女も反省し、仲直りをしようとしていることが悪意があったことの何よりの証拠だしな。

 大きく深呼吸して自分を落ち着かせた後、微笑を浮かべながら馬鹿にするように聞いてくる西原を眺める。


「学校の用事で読み聞かせをしてたんだよ」


 そう言うと暇人でも見るかのように「ほーん」と声を上げた西原は何かに気づいたように制服を凝視してきた。


「その制服、見覚えがあるなと思ってたけど片桐が行ったところと同じじゃね?」


 まさかとは思っていたが、片桐が行った学校の服を覚えていたようで途端にニヤニヤし始めた。


「――西原さんは何で病院に来てるんだ?」


 間違いなく何か厄介なことが起こると直感が訴えたので咄嗟に話題を変えようとした。


「無視すんなよ、同じところなんだろ。片桐はギリギリに進路を変えたはずなのにすげーな、ストーカーの執念って奴か?」


 偶然であって感心する要素など無いはずなのに西原はまるで俺が執着しているかのように質問してくる。

 もはや否定したところで意味などないって分かり切っているので何も答えないでいると「別にいいけど」と言ってスマホのカメラを向けて写真を撮ってきた。


「今日はちょっと風邪気味でよ、近くに別の高校あるだろ? そこに行ってんだよ」


 それだけ言い残すともう用事がないとばかりに、西原は何も言わずに我が物顔で病院を出ていく。

 この再会が悪い方へと間違いなく転がる予感を感じ取った俺は結局神社へは行かずにそのまま帰って土日を大人しく過ごすことにした。



「そうそう、プニプニしてて触ったら消えたんだよね」

「何それ、気持ち悪いね」


 早起きする必要もなかったので授業開始時間の5分前ぐらいに登校し、俺は自分の教室である一年C組の前に立っていた。

 まるで小学校の時に戻ったみたいだな、と思いながら唾を飲んで1拍してから覚悟を決めた俺はドアを開ける。


 主役の登場とばかりに皆の視線が一斉に俺へと注目、するような気配は全く無く少人数が僅かに視線を向けたが、すぐに興味なさげに外した。

 女子数名と男子数名と囲まれながら騒ぐ片桐や雪宮たちを横目に俺は首を傾げて静かに自分の席へ座った。

 机の上に異変はなく、机の中を見ても中の教科書を見ても特に違和感はない。


「考えすぎか……」


 中学の時もどこからか噂が湧いて出たから警戒しすぎたのかもしれない、そう少し安堵した。

 だが、異変は放課後に起こった。



 片桐たちのグループ所属する男子1名が片桐達を奢ると言って半ば無理やり連れ出し、テニスの時に割り込んできた男、安藤と唐沢の二人と数名の男子生徒が俺の方へと近づき、


「なぁ、保知? ちょっと聞きたいんだけどお前らって付き合ってんの?」


 単刀直入に他の生徒もいる中で質問をしてきた。

 

「いや……付き合って無いけど」


 テニスの時に話していたから、それとも金曜の朝に会話していたことを誰かから聞いたのか。

 西原発の情報ではなく他の可能性がちらつく中、俺はとりあえず否定した。


「隣に行った高校の友達からさ。保知が小学校の時、片桐に告白したって話を聞いてね」


 だが、俺の願いなどやはり届くわけもなかった。

 西原がこっちに知り合いがいる人物に伝え、休日の間というより今さっき回ったってところか。


「ほら、最近片桐と仲いいじゃん?」


 正直に言ってくれ、とでもいうかのように俺の目を見つめてくる安藤と唐沢。


 病院から退院した人が仲良さそうに片桐と会話をしていてしかも幼馴染である、ここで既に十分に怪しい。

 例え、実際は償いで片桐が会話しているだけで釣り合う訳がなくても、彼らにとって俺は未知であるからこそ可能性を捨てきれなかった。

 そんなところに俺が昔好きだったと上手く穴に嵌められるピースが出現した。

 間違いなくこいつらと教室で聞いている連中は確信を持って広める。

 そして、それによって引き起こされる未来も容易に予想出来た。


「んー……その」


 片桐のことは嫌い。

 嫌いだが……それで過去を清算して他の男へ告白しようと頑張っている好きだった女の子の障害となる噂をむざむざ見逃し、失敗や破局を願うほど俺は腐っちゃいない。


「保知、どうなんだ?」


 それに、二人して根も歯もない噂を立てられるぐらいなら……一人だけで十分だよな。


 だから俺はゆっくりと上がり、不快感が増えるよう頬を上げ、彼ら一人一人へ丁寧に見下したような目線を送った後、馬鹿にしたように一笑した。


「っは、お前ら羨ましいのか?」

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