第26話あらゆる出会いが嬉しい人種との再会
「いやぁ、私もお金を貰ったから仕方なく演技してたんだけど妹が嫌いな理由も全然分かるわ」
「ほら、この前提出物を集めるのに一生懸命話しかけてくる姿とか思い出すだけで最高にウケますよね〜結局無視されてましたけど」
「そうそぅ、今思い出してもあの時は面白かったっ!」
片桐と香月が妹の病室へ入って雪宮の悪口をスラスラと話し始める。
「大体あんな胸元を出して学校来れる精神が分からないよね」
真実2割で騙すのなら嘘8割で信じさせる、つまりもう仲が悪い方向へ演技させて胡散臭さで理解してもらう。
人は欺くために吐いた嘘に嘘を重ねることはなく、真実しか隠そうとはしない。
これはそれを逆手に取った作戦だ。
しかし、想像以上に片桐と香月の演技力が高い。
自分の体験談を入れているからか若干、香月の目が死んでるような気がするけど、それを差し引いても十分すぎる程だ。
これなら回りくどいことをせずに普通に仲が良い事をアピールしたとしても良かったかもしれない。
「ねぇぼっちくん、これ信じちゃったらどうするん?」
目の前で悪口を言われているというのに、一緒にドアの隙間から様子を伺っていた雪宮は大して気にしてないように聞いてくる。
テニスの時はすぐに怒ったのに器が大きいのか小さいのか分からない奴。
「妹の目的が居場所を学校へ求めるようにすることなら、学校にも居場所がない可哀そうな奴になれば結果的に優しくはなるだろう」
そう、最初からどっちに転んだとしても仲良くなる以外に道はない。
我ながら良い作戦だと思っていた。
「うっわぁ……」
しかし、雪宮はイマイチお気に召さなかったようで顔をしかめ、
「ぼっちくんってあれだね、めっちゃネチネチしてそう」
と少なくとも褒めてはいないだろうことを言う。
こっちだって好きにアイディアを出している訳じゃないんだけどな、と俺は振り返り不思議そうな表情をする雪宮と数秒間視線を合わせる。
「……帰っていいか」
「ちょ——冗談じゃん」
本気にしていなかったようなので本当に帰ろうとすると打って変わって肩を叩いて引き留めてきた。
「後は適当に可哀そうな姉でも演じれば終わりだろ」
「なんかあるかもしんないじゃん。ほら、なんか妹とぼっちくんって……似てるじゃん?」
何が似ているのだろうか、と自分の唇に指を当てて次の言葉を考える雪宮を眺めてると彼女はすぐに諦めた様にため息を吐き、
「私をイラっとさせるところとか?」
と眉を少しピクつかせながら笑顔で言ってきた。
「もしかして今も少しイラっとしてらっしゃる?」
「……若干? 少し?」
少し頭を傾げながら言ってくる雪宮。
そうか……イラついてたのか。俺はこれ以上雪宮を刺激しないためにも大人しく戻ることにした。
「そういえば……妹は何の病気で入院してるんだ?」
イラついたことが今日最後の印象になるのもどうかと思うので、そういえば聞いてなかった病名を聞いてみる。
雪宮と片桐の反応から大した病気じゃないと予想した上での行動だった。
「んー、心臓の病気だけど」
だが、突然出て来たヤバそうな部位の名前にドッと背中や顔から嫌な汗が噴き出た。
妹が嫌われようとしたのは残される者を気遣ってなのか、とか何故そんなの軽い感じなんだ、とか様々な思考が頭の中を駆け巡る。
「ちょ緊張しすぎ、もう治って普通に戻れるって」
こっちの不安をかき消すためか、雪宮は微笑を浮かべてくる。
だが、屈託のない笑顔ではないことから何かあるかもということが頭によぎる。
「治ったのは治ったんだよな?」
疲れている、お前に向ける笑顔なんてないなど色んな答えが考えられる中、念には念を押して確認してみる。
「だからそう言ってんじゃん」
何度も聞いてくる理由に心当たりがない様子から俺は些細なことだと判断し、地雷を踏んだ訳ではないことに安心していると丁度いいタイミングで片桐達も終わったようで出て来た。
「はぁ……信じてくれたかな」
「完璧じゃないですか? なんか言いたげに睨んできてましたし」
首に手を当てながら「疲れた」と誰に向かってか分からないアピールをしながら香月は不安げにする片桐へ声を掛ける。
ちなみに、二人には騙せた方が良い結果が待っているとしか知らない。
失敗しても問題ないって分かったら俺でも気を抜くし、妹にも感づかれる可能性が出てくるし。
「じゃ、後は明日とかに雪宮が確認すれば終わりだな」
「ん、今日確認しないの?」
「すぐ後にご本人様が入ると怪しいだろ」
納得したように「それもそっか」と片桐は相槌を打つ。
「……ん?」
やることも無くなった訳だから、帰っても良いはずなのに雪宮以外動こうとしない状況に疑問を浮かべた俺は小さく声を漏らす。
香月を見ると俺と同じように何かを感じたようで様子見をしていた。
「ねぇ、手伝ったんだから何かあってもいいと思わない?」
っげ、とでも幻聴が聞こえてきそう顔をしながら帰ろうとしていた雪宮が振り返る。
楽しく女子だけできゃっきゃ、とお菓子でも食べながら話したいわけか。
変に気遣って貰わないようにするため、俺はベンチに座ってイヤホンを耳に刺して聞き逃した振りをする。
だが、一向に香月の返事が聞こえてこない。
「ぼっちと香月ちゃんに聞いてるんだけど……」
名前を呼ばれたことに驚きつつ、ちらっと隣の方を見ると香月も自分に話しかけているとは思わなかった様子でびっくりした様子でスマホから目を離していた。
なるほど、結果的に二人そろって無視した感じになったわけか。
『……お前のせいだぞ、どうするんだ』
と口に出さず責めるように香月をじぃーと睨むと、
『はぁ? 幼馴染だし、普通そっちだと思うじゃないですかっ!』
と逆に俺を責めるように睨み返してきた。
「はいはい、二人して静かに喧嘩すんなし。文句を言いたいのはウチの方なんだけど……それで、二人は来るの? 来ないの?」
「行きます、奢ってください!」
香月は元気よく手を挙げて参加を希望し、三人の目線が残った俺の方へと向く。
「ちょっとこれから用事があるから俺は遠慮しておくよ」
そもそも女の子とご飯、それも3人なんて何を話したらいいかも分からないし、居ない方があっちも気楽に話が出来ると思ったので断った。
「そっかぁ……なら仕方ないね」
「ふーん、じゃ3人でいこっか。何食べる?」
「レストランとか?」
片桐達はきゃっきゃっとこれからの予定を話し始めたので俺は気遣ってもらわないようにその場を離れてロビーの方へ向かい――はち会わないようにするために途中の階段を駆け上がった。
普通に考えて自分の作戦が成功したかどうか分からない状態で妹から離れるなんてスッキリする訳がない。
万が一、失敗していたら土下座でもして仲直りの後処理をしなければ俺の立場が無くなる。
「あー、あそこのケーキとか美味しいって聞きますよね」
香月の声を最後に聞こえなくなってから2分、うっかり忘れものをしたという可能性も入れてトイレなどネットサーフィンをして更に時間を稼いで10分。
俺は再び妹の病室に入っていった。
「…………なに」
まだ何か用、とでも言いたげに睨みつけてくる雪宮の妹、不機嫌メーターは最高といったところか。
「いや、あいつら何か余計なこと言って無かったかと思ってな」
「余計なことってあの臭い演技ことですか?」
結構上手かったのに、やっぱりバレるんだなと思いながら俺は何も言わずにただ笑みを返した。
仲が良いことを隠すために演技をしたことは妹も理解している。
だが、その理由が『仲が良いことを示すため』だと知られたら根本的なものが覆ってしまう。
自分で言っておいてなんだが、少し頭が痛くなってきた。
「はぁ……まぁ、お姉ちゃんが楽しくやっているってことは信じてあげるよ」
『やれやれ』と言いたげに冷蔵庫から紙パックのお茶をこっちに投げつけながら妹ははにかんでくる。
「あ、ありがとう」
この様子だと、誰の考えたアイディアかってことも見抜いてそうだな。
俺は視線を逸らすように窓の外を眺め、手渡されたお茶を飲む。
「姉の悪口を言われて怒ってないのか?」
「悪口? 頭大丈夫? 朝が弱いのも、すぐ怒るのも、ポンコツなのもお姉ちゃんの可愛いところじゃん」
冗談かと思って、視線を戻すと狂信者のような眼差しで「そうでしょ?」と同調を迫ってきた。
別に嫌いではないと分かっていたが、まさかここまでシスコンだとは思わなかった。
もし、可愛くないって言ったら頷くまで鈍器で殴ってきそう。
既に空になった紙パックを吸いながら俺はとりあえず「そうだな」と肯定しておいた。
「雪宮さん、お昼持ってきましたよー」
配膳される時間になったようで、年配の看護師がカレーがよそられたトレーを持って入って来る。
他人の食事を眺める趣味もないし、邪魔だろうから俺も帰るか。
「じゃ、俺のためにも仲良くしてくれよ」
「ばいばいー」
まさか、別れ際に手を振ってくるとは思わなかったので少しびっくりした後、俺は小さく手を振り返して病室を後にした。
「ふぅ…………数日分ぐらい疲れた」
ロビーに向かう途中のあったゴミ箱へ飲み終わった紙パックを捨て、独り言を発して腰を伸す。
そしてふと、入院していた時に子供たちの口から病院の裏手に神社があることを言っていたのを思い出す。
確か、この病院はその御利益を貰って難病が治る……噂があるんだっけ、試しにネットで裏手にある神社の評価を見てみると星の評価が1.7と酷い物であった。
凄いな、御利益を与えているはずの病院の評価は普通ぐらいなのに神社の方がボロクソに叩かれている。しかも、病気は治らないどころか悪化の報告や神主の批判だらけ。
流石に少し興味が湧いたので行ってみようかなとロビーに出た時だった。
「っえ、っあ!! お前、もしかしてぼっちか?!」
他人の迷惑など知るかとばかりにロビー中に声を響き渡らせながら昔のあだ名を呼ぶ声が聞こえ、
『うっわ、まじ? お、来たじゃん! なぁ、みんな! 噂のぼっちのご登場だぞ! 身の程を弁えろって話だよなぁ!!』
という告白翌日の第一声が一瞬にしてフラッシュバックした。
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