第25話2割の真実で騙すなら
「失礼、入るよ」
丁寧に喋ったところで無視されるんだし適当に入る。
血のつながりがあるだけあって顔つきも少し似ている雪宮の妹はベッドで横になりながら僅かな視線すら向けることなくスマホを操作していた。
話題になりそうなものを探ろうと病室を見回すが物は特に置かれていないし、窓から買い物や公園で楽しむ人々が見えるけどそれはどこの部屋も変わらない。
そう思っていた所、ふとテレビの前に写真立てが目に入る。
普通ならば見えるようにしておくはずのそれは伏せられていた。
「触ってもいいか?」
答えないと分かっていたので返事を待たずに写真を手にする。
それは少し幼い雪宮と妹が楽し気に遊園地で写っていた物、写真の中の雪宮は服装も髪型も今のように華やかではなくどこか田舎臭さが残っていた。家族の誰かが持ってきて顔も見たくないから伏せている、そんな感じか。
しかし、高校デビューだったとは思わなかった。これは地雷くさいので見なかったことにしておこう。
そう思いながら写真を立てて置き直そうとすると妹が抗議するように布団から足を出して蹴ってきた。
口ではなくすぐ手を出してくる辺り、腐っても妹だな。
写真立てのホコリを掃っているとふと、背面より上方の方が付着量が多く、まるで立っていた時間の方が長いようなホコリの付き方であることに気づく。
雪宮が来る前に写真をわざわざ伏せたってことか……?
少し考えた俺はタッパーを洗わず汚れたまま返せば、より効率的にいやがらせ出来たんじゃないのかって思ったこととつなぎ合わせて仮説を一つ立ててみる。
「もしかして、本当は姉が好きだったりする?」
ここで恥てくれるなら分かりやすかったが、雪宮の妹は何事も無いようにイヤホンで耳を塞ぐ。
やはり現実は一筋縄じゃいけないな。これじゃ当たっているのか、ただ偶然を無理やりこじつけてしまったのか判断できない。
「うーん、ビーフシチューは美味しかったか?」
諦めた俺は最後に味の感想でも聞いて病室を出ようとした。
「――待って」
だが、そこで初めて雪宮の妹が口を開いた。
まさか、一番どうでもいいと思っていた話題で反応を返してくれるとは思わなかったな。
雪宮も間接的に褒めたし、血縁だから味を気に入ってたとしても可笑しくはないか。
「なんであれの中身を知ってるの?」
違った、料理の味なんかよりも俺が知っていること自体に興味を持ったから話しかけてきた奴だ。
そうなると今更だが、美味しかったこと前提で質問したことも恥ずかしくなってきた。
「知ってるも何も作ったの俺だし」
「――なッ」
露骨にスマホを落とし、雪宮の妹は驚いたように目を開ける。
そんなに驚くことかな。今の時代、女性が社会に進出すると同時に男性が家庭に進出してても珍しくないと思うんだが。
「お姉ちゃんが言ってた人って実在してたんだ」
あー、引っ掛かったのそこなんだ。しかも雪宮って妹に全く信用されていないじゃないか。
「信じてないのか?」
「だってお姉ちゃん嘘つきだしー、どうせ三人とも頼まれたから来たんでしょ」
「頼まれたっていうより……空気の流れ的な」
スマホを手に取り「またまた」と言いながら雪宮の妹は全く聞く耳を持たない。
「お姉ちゃんは友達が居ないので私に構わず幸せに生きるべきなんです。なのでこれ以上話をこじれないためにも帰って」
あんなに教室できゃっきゃ喋っている雪宮に友達がいない? 言っている意味は分からなかったが、なんとなく既にこじれているような状況だけは理解できた俺は軽いめまいに頭を抱えた。
「つまり孤独な雪宮が自分のせいで時間を無駄にしないためにわざと嫌われようとしている、そうゆうことか?」
「そう、だから帰って? それともお姉ちゃんの友達って言うの?」
真っすぐ見つめられた上で問われる。
普通に肯定した方が話は楽に進むってことは俺も理解しているが、クイズとか質問されたらボロが出そうだし正直に首を振り、
「友達では、ないな。間違いなく」
そう言って病室を出た。
ここで勘違いしてほしくないが友達の居ない人のよく言うセリフに『友達の定義を教えて』があるけど俺には明確にある。
ドラマとかで裏切られて友達じゃなくなるシーンがあるように、つまりは裏切られても友達と思える、あるいは裏切られないと信頼できる人物こそが友達の資格に値する。
前者に該当する人は当然居ない、後者はそもそも根拠もなく他人を信じないから俺には関係ない。友達の定義も分からない未熟者と条件が満たせないだけは全然違う、違うはずだ、きっと。
「やっぱりだめだった?」
当然のように失敗前提で聞いてくる片桐へ俺は頷くと「やっぱりそっか」と大して期待してなかったように雪宮が吐く。
「まぁ、雪宮さんが一人寂しく学校生活を送っていると妹が思いこんでるってことは分かったけど」
「ん? 誰が?」
一回目で誰の話をしているのか理解できなかった雪宮が再度聞いてくるので今度は丁寧に指を指してあげる。
「……ウチが?」
三人ともどうゆうことか分からないとばかりに難解な顔をし、香月にいたっては本当に言ったのかと疑いの眼まで向けてくる始末。
「つまり私たちのことを友達って信じてないってこと?」
健気に嫌われるまで後一歩の所まできた妹の努力を台無しにするかもと迷ったが、変に隠したら後で責任を追求される可能性もあるのでありのままの全てを彼女らに伝える。
「うわぁ……あいつ回りくど、頭痛くなってきたし」
「でも、わざわざ嫌われようとしてるってことは中身は昔の可愛いままってことだよね——それってようは私たちが仲良しってことを分からせれば解決しない?」
頭を押さえて悩める雪宮を励ますように片桐が手を叩いて閃いたとばかりにアイディアを出す。
「う~ん、片桐さんそれって具体的に何するんです? あの娘、安っぽい演技を信じるような玉じゃないですよ?」
「っゔ、確かに……私も無視されちゃったしね」
的を得た香月の指摘にそれぞれがまた考えるために数十秒の沈黙が流れる。
終わったら帰れるかと思ってたけど、なんか俺まで考えなきゃいけない空気というか、そんなものが生成されてないか?
「もう他の部員も終わって集合してそうだし玄関に行った方がいいんじゃない?」
とりあえず話を変え、隙を見て俺だけでも帰ろうと考えて提案すると思いだしたかのように片桐と香月がハッとする。
っえ、香月までびっくりしているって余裕ある感じだからモタモタしてた訳じゃなくて本当に忘れてた訳か? それって不味い状況じゃ——
「おぉ、やっと気づいたか。もう待たせても仕方ないだろうし皆は帰らせたぞ」
背後から聞こえる声に俺も含めた全員がビクッと身体を震わせて後ろを見ると車の鍵を指で回しながら磯崎先生が壁に寄りかかっていた。
「「すみません!」」
「いいさ、姉妹の仲を直そうって言うんだろ? 私は先に帰るから好きにすればいい」
片桐と香月が謝って頭を下げるので合わせて俺も頭を下げる。しかし、案外怒ってないようで磯崎先生はそう言い残すと背中で手を振りながら帰って行く。
「あの、俺も帰って良いか?」
「一番役に立った人が何で帰れると思ってるんですか?」
勇気を出して俺も帰りたいと伝えると香月に止められる。
自分は役に立たなかったからいつ帰ってもいいですよね、みたいに聞こえるのはきっと俺の気のせいなのだろう。
「ぼっち、何かないの? 仲良いって分からせる方法」
簡単に片桐は言ってくるが素人の演技ほど胡散臭いことは無い。
しかし、考えがないわけではない。
「仲良いって分からせる方法はないが……嘘つく時って2割ぐらい真実を話した方が騙しやすいってよく聞くだろ」
香月と雪宮がだからどうした、今は嘘をつく所じゃないしと言いたげに目を少し細めた。
「考えたことないか? じゃ真実の時はどう信じさせればいいのかって」
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