第24話撃沈される二人と再会するタッパー

 片桐が奇怪な眼差しで俺等二人を見つめた後、不思議そうに廊下へ出る。


「ちなみに何を見たんだ?」

「なんか、怒りに震えている雪宮さんが見えましたけど」


 投げられた後なら当然の反応か。

 じゃ、片桐の場合はどうなるんだとその背中を眺めていると「っあ、雪じゃん! 妹この病院だったんだ」って嬉しそうに駆けていった。

 あいつ……俺ら2人より危機意識が鈍いのか? タイミング的に雪宮が落ち着いた頃合いだったから気づかなかった線も考えられるけど。

 どちらにしてもちょうどいいし、片桐には悪いが人柱になってもらおう。


 頃合いをうかがいながら休憩室を静かに抜ける香月が付いてきた。

 二人いたら目立つだろ、と顔で訴えると『じゃお前が後ろに行け』とばかりに抗議の目を返してきた。……見つかったら気兼ねなく見捨てよう。


「今一人なん?」

「ううん、香月ちゃんたちと一緒」


 片桐から飛んできた思わぬ流れ弾の影響をもろに受けたようで、香月はビクッと立ち止まって雪宮の方へ笑顔を向ける。

 だが、運良く既に廊下を渡り切って俺はその視界には入っていない。悪いな、自分の判断力の無さと運の無さを思う存分に後悔してくれ。

 そう思って置いていこうとした。しかし、いざ動こうとしたら服が何かに引っかかる。

 おっかぃな……病院に引っ掛かる物なんてあったかな、と思いながら外そうと服を引っ張ると連動するように香月の左手が揺れる。


「——お前ッ」


 ガッチリと逃がさないとばかりに俺の服を掴んでいる彼女、その指を懸命に外そうとしたが力強くて1本も動かない。


「えぇ……お前力強すぎだろ」


 女の子は非力と信じている奴が傍にいたら外してみろって言いたいぐらいに硬い。

 それともこれがあれか、火事場の馬鹿力って奴? 俺が言うのもなんだけどそんなに嫌なのか。


「……死ならばもろともですよっ」

 

 そう静かに微笑を浮かべると香月は雪宮の方へ向かい。掴まれていた俺も必然的に廊下へ引っ張り出され、雪宮と目が合う。


「…………うす」


 懸命に顔を装ったが多分まだ気まずさが隠しきれていないと思う、なんせ揃いもそろってエスパー並に俺の心情を読んで物理行使してくる奴らだし。


「ぁぁ……もしかして見ちゃった感じ? はっずぃなぁ」


 そして予想通り、雪宮は察したように苦笑いしながら頬を少し赤らめる。

 妹以外の女の子の私服姿は初めて見たが黒を基調とした半袖とスカートって夏だと熱くないだろうか、という感想しか出てこなかった。


「なに、雪また喧嘩したの?」

 

 ようやくその事実に片桐が気づくと心配そうに「とりあえず座ろ」と言いながら雪宮を横のベンチに座らせる。

 先程まで雪宮が立っていた病室の名札には『雪宮 愛花』凄く姉嫌いな女の子だったって情報は風の噂で聞いた、それが広まっているって喧嘩したんだよって思っていたがまさかその姉が雪宮だったとは。


「はぁ……まじ昔はお姉ちゃんお姉ちゃんって可愛かったのに、最近は文句ばっかりでぜんっぜん可愛くないッ」


 イラつきを隠す様子もなく言っているが、ドアが閉まっているとはいえ妹にも聞こえているんじゃってヒヤヒヤするから音量ぐらいは抑えた方が良いと思う。


「反抗期ですかねー、子供の扱い得意ですし私が何か話してきましょうか?」


 別のことを心配していると、予想していなかった奴が名乗り上げたことで俺も含めた全員の視線が一斉に香月に向く。

 

「ウチあんたのこと猫被ってて嫌いだったけど意外と良い奴だね」


 俺の時もそうだったが、やはり雪宮は好き嫌いをハッキリと相手に伝えるタイプだな。


「は……はは、いや、何となく察してましたよ」


 なるほど、嫌われていることは察していたからあんなに嫌がっていた訳で、今回は恩を売るチャンスと思って名乗り出たってところか。

 しかし、それでもまさか面と向かって言われるとは思っていなかったのか目を開けて香月はびっくりしていた。


「性格が悪いってことは事前に言っとく」

「大丈夫、大丈夫。任せてください」


 自信満々に香月は胸を叩き、病室の方へと入っていく。家庭の事情に他人が首をツッコむな、などとは言わないが失敗した時のことは考慮していると祈っておこう。


「こんにちわ、可愛い~愛花ちゃんって言うの? 私はお姉ちゃんの友達で花音って――」

「急に入って来たくせに慣れ慣れし、出て行って」


 僅かに見える香月の笑顔が引き攣り始める、第一印象は最悪って所か。


「んあぁ……気分を害したんだったらすみません」

「そうやって子供相手にすらペコペコしてて死にたくならないの? それとももうそこらへんのプライドもないの感じ? 鬱陶しいから早く出て行って」

「――は? ッハ、ハハッ」


 とりあえず謝って言葉を捻っていた様子の香月だったが、雪宮の妹が追い打ちをかけたことで壊れた様に笑い始め、拳を数度握りしめながら無言で帰って来た。

 一々仕草が怖いな、子供に言われたぐらいでそんなムキになるなって。


「何ですか、あの娘っ! 雪宮さんもっとちゃんと教育した方がいいですよ」


 全然役に立たないな、という視線が全員から向けられているにも関わらず香月は気づいていない様子で文句を言う。

 よっぽど言われたことが刺さってイライラしたんだな、今朝会った時に同じようなことを思ったけど口走らなくてよかった。

 

「お前も子供の頃あんな感じかなって勝手に思っていたが違ったか?」

「そんな――ことは、ない、です」

 

 認識、連想、虚偽の三段活用みたいに目をそらす。からかい半分で言ってみたが……本当にあの子と大して変わらなかったのかよ。


「だから言ったっしょ、性格が悪いって」

「むぅ、確かにあれは……いや、可愛げがあって良いと思いますよ!」


 途中まで同意するように頷いた香月だったが、直後に否定して褒め始める。それが過去の自分と重なった故の発言であることは明らかだった。


「うーん、じゃ次は私が行ってみよっかな」

「いや、やめたほぅ――」


 性格に難があることが分かっただろうに少し悩んだ様子を見せていた片桐が何をとち狂ったのか、名乗りを上げて俺の制止も聞かずに入ってしまった。

 成功したら問題ないけど、この流れで片桐まで失敗したら次は俺の順番だというような空気にならないか? 気にしすぎだといいけど、頼むから成功してくれ。


「愛花ちゃん、何回もごめんね。私たちはただ仲良くなりたいなって思っただけなんだ~」


 片桐の優しそうな声が聞こえたが、いつまで経っても妹の声は聞こえない。


「あの、その……とりあえずスマホ置いてお話しない?」


 どうやら完全に無視を決め込まれているみたいだな、と思っていると直ぐに片桐が戻ってきてベンチに座り、


「…………無視って……無視ってぇ」


 と雪宮に撫でられながら嘆き始めた。

 えぇ……メンタル弱っ、子供相手なんだから無視ぐらい想定しておかない?

 ——いや、待て。もしかしてその容姿も相まって生まれてこの方たったの一度も無視されたことが無かったりするのか。そうだとしたら凄いな、俺なんて無視されなくても5割の確率でセカンドチャンスに挑まなければいけないぞ。


「何ですか、私たちに文句でもあるんですか?」


 両方とも積極的に動いたけど最終的には進展がなかったな、などと思っていると香月がまるで俺が二人を馬鹿にしてたみたいに聞こえる言葉で絡んできた。


「っえ、いや……頑張ってるなって思ってただけだけど」

「へぇ~、つまり他人事のように気楽に聞いてたわけですね」


 俺まで参加させて自分のダメージを少しでも減らそうとしているのか、香月は妹の病室を指さしながら「どうぞ」と言ってくる。


「ん、ぼっちがんばって」

「ここまで来たらぼっちくんも行ってきなし」


 そして恐れていた通りに空気が生成され、便乗するように片桐と雪宮もダメ元で手を振ってくる。

 だから、こうなる前に片桐を止めたかったのに。


「はぁぁ……分かった、俺も話してくればいいんだろ」


 不快感を与えない程度のため息を吐き、俺は雪宮の持っている空のタッパーへ視線を向ける。

 最初に見た時から薄々思っていたが、やはり彼女にビーフシチューを入れた時と同じ入れ物である、つまり雪宮は自分のためではなく妹のためにお代わりを貰っていた訳だ。

 意外と妹思いの良い奴じゃないかと、確認すべきことをしてから俺は妹の病室へと入った。

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