第23話ももたろうダークネス
「っあ、これ? そう、可愛いよね」
何かの病気なのか、そう片桐にでも聞こうとしたが他の女子部員と腕につけているアクセサリーの話題を忙しそうにしていた。
後で余裕がある時に聞いても問題ないだろう。
その後、俺たちに読み聞かせをやらせる予定など元々無かったらしく磯崎先生が「でもせっかく持ってきたし、やるか」と俺と片桐は、小さめの休憩室で行うチームの香月と他2人へと割り当てられて結局やる羽目になった。
場所が狭いから人数も少ない、だから緊張しなくて大丈夫とそう聞いていたのだが……。
「ぉぉぉぉおっ!! おにーちゃんだ!!」
「本当だっ! 何しに来たの? またいじめられたの?」
顔見知りの子供に見つかったことを皮切りに窮屈とも思えるほど俺の周りに人だかりが出来上がる。
もはやほとんどの子供がこの狭い休憩室に来たんじゃないだろうか。
「——嘘、なんで私より子供に好かれてるんですか……」
子供たちに押し退けられながら香月が豆鉄砲を食らった顔しながら失礼なことを言ってくる。
普通に会話してただけだし、俺も理由は知らない。子供って人間性を見抜くというし、そうゆうところじゃないだろうか。
「あぁ、今日は読み聞かせに来たんだよ」
ほら、とばかりに本を見せる。
「ももたろうとかセンスねぇー」
「クソつまんねぇ本持ってくるとか流石にーちゃんだ。ヒヨってる」
おうおうおう、相変わらず好き勝手言ってくれるなこいつらは。
「どれだけ社会のモラルが変化しても生き残ったこの話は間違いなく凄い本なんだぞ。糞ほどにも面白くないけど、どれだけ注目されないかという観点から見たらこれほどまでに俺が求めている本はない」
もっとも……片桐やら香月たちから注目を浴びている現状じゃ正直な話、別の本でも持ってきたら良かったと思う。
「それで、誰から話してくれるの? にーちゃん?」
「順番なんてないから保知さんでいいんじゃないですか? 最後に『ももたろう』もどうかって思いますし」
最後に鼻で笑いながら香月が俺を1番にしてくれた。少し、言い返したかったが最初以外も困るので「ありがとう」と伝えてそこら辺の椅子に座って本を開く。
「むかし、むかし、あるところにおじいさんとおばあさんが」
「川に洗濯したら桃が流れるんでしょ。にーちゃん、もう皆聞き飽きてるよ」
途中で邪魔されなかったらこのまま突き進もうとしたが、やはり駄目だったようで詰まらなそうに見てくる子供たちを眺めながら俺は静かに本を閉じた。
「ちょっと、精神的にキツイし読み聞かせは止めとこうかな」
「えー、にーちゃんなんかアレンジしてよ。変な考え方得意でしょ」
席を立って片桐と変わろうとすると先頭に座っていた『りゅうすけ』が無茶ぶりを言ってくる。
「出来る訳ないだろ。最初に聞いた時から桃から生まれたってなんだよ、きびだんごヤバいだろとしか思ってないんだから」
「やってみてよ、下手くそでも笑い話になるじゃんか」
「……はぁ」
まぁ、でもこのままよりかは適当に話をつなげて馬鹿にでもされた方が幾分マシかも知れないし、やってみるか。
俺は再び先に戻り、本を広げて疑問に感じた箇所を繋げてみることにした。
「むかし、むかし、あるところに悪いおじぃちゃんとおばぁさんが居ました。
二人は人から攫ってきた子供に洗脳きびだんごを食べさせ桃から生まれたと信じ込ませていました。
ある日、攫った子供の両親が訴えることを聞きつけたおじいちゃんは両親を鬼と思わせる作戦を思いつきます――
こうして、動物にあげたおかげできびだんごの効果が切れた桃太郎は全てを思い出して両親が殺される寸前に悪しき老人二人を倒し、再会を喜んでいると鬼ヶ島という名の生まれ故郷の村から奪った宝物が目に入る。
そこには金銀財宝も食料も無く、あったのは両親と自分の幼いころが映った写真でした。めでたしめでたし」
鬼が悪さをした根拠が老人の言葉だけだし、普通の桃太郎をベースに老人を上手く悪者にできたじゃ無いだろうか。
テーマは『妄信する正義より優しい心』ってところか、悪は滅ぼす系桃太郎だったら両親を自分の手で殺すことになってたわけだし。
「良いじゃん、桃から生まれたより全然面白かったよにーちゃん」
「洗脳されてても取って来た宝がお金や食べ物じゃなくて、自分と両親の写真ってところが特に良かった!」
思ったより評判は良いようで終わったら子供たちの拍手が巻き起こる。
こそばゆさを感じながらそそくさと戻ると追い打ちをかけるように片桐と香月も拍手してきた。
「感動するし、全然面白かったよ。ね」
「そうですね……思っていたよりは」
感想なんて聞きたくない、とばかりに早く次に行けと俺は手で伝える。
無事他3人が読み終え、最後に片桐が読み終わるとそのビターエンドぶりに子供たちから質問が湧く。
「っえ、猫ちゃんはそのまま処分されちゃうの?」
「うーん、どうだろうね。書かれて無いけど私は最期のページに書かれてる小さな女の子が引き取って幸せに暮らしたと思うな」
おじぃちゃんが猫に食われるシーンはどうするんだろうと思ってたら、変な神が来てお菓子に変えたような描写になっていた。
暇な神もいたもんだな、と思いながらも食人シーンなんか書いたら子供が泣くし当然か。
しかし、子供を意識できるなら最初からもっと優しい内容を絵本にするとか方法はあっただろうに。
質問攻めにあう片桐を他人事のように眺めていると丁度、助け船のようにお昼のチャイムがなる。
「ご飯の時間だ!」
「えぇー、もっとお話ししたかったのに。じゃーね、おにぃちゃんおねぇちゃん」
こちらに笑顔で手を振って子供たちがそれぞれ病室に戻り始める。
「これで終わりか?」
「そうですね、あとはまた玄関に集まってすぐ解散って感じです」
思っていたより大した事なかったな、そう思いながら俺は一歩先に休憩室から出た。
「だから、おねぇちゃんは私に構わないでって言ってるでしょ! もう来ないでよッ!」
っお、喧嘩か。
好奇心で声の聞こえて来た方向へ視線を向けると何やら見覚えの長髪の女の子が病室からタッパーを頭に投げつけられていた。
確か、あそこの病室って雪宮って子が入院していたんだっけ……なんで忘れてたんだろ、これは見つかったら両方が気まずいヤツだ。
外で兄妹喧嘩をしたことは無いが、間違いなくそう察した俺は静かに休憩室へと戻った。
「どうしたんです? 出ないんですか?」
香月と片桐が不思議そうにすぐに戻ってきた俺を見てくる。
「いや、ちょっと忘れ物をしたみたいで」
「忘れ物って、本しかない上にその手に持ってるじゃないですか。他に何を忘れたって言うんですか?」
真っ当な質問で逃げ道を塞いでくる。
「うーん……強いて言うなら覚悟かな」
「何馬鹿なこと言ってるんですか、どいてください」
俺を押し退けると香月が休憩室を出ていく。
ちょうど良い、それなら影に隠れながら出ればいいだけだ。
そう考えているとすぐに戻ってきた。
「……お前も忘れもんか?」
「そう……ですね、私も勇気を忘れたかも知れないです」
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