第22話持ってくる本を間違えたかもしれない

 落ち着け、ここで変なことを言ったり隠したりするから疑われるんだ。笑顔でハキハキして答えれば誰も疑ったりしない。

 そう思った矢先、ふと詐欺師の原則も笑顔と元気だったことを思い出して踏みとどまった。

 どっちでも疑われる可能性があるなんて人間の危機意識ってのはクソの役にも立たないな……。


 悩んだ末、結局普通に振り返るとそこには打って変わって印象良さそうにしている香月が視界に入る……凄いな、片桐と知り合いの可能性が生まれただけでこんなに態度を変えられるんだ、死にたくならないのだろうか。


「いや、小学校が同じだったってだけで知り合いってほどじゃない」


 違和感を与えずに上手く喋れたがやはりあっさり信じられる訳もなく皆から疑惑の視線が向けられ、ニコニコしている香月の瞳の奥からは「本当ですか」と幻覚すら聞こえてくる始末。

 これ以上言えることもないし、もう駄目かもしれない、


「あー……小学生の時って大して仲良くなくても名前で呼んだり変なあだ名付けますもんね」


 そう半ば諦めていたところ、どういう訳か香月が急にあくまでもわざとらしくなくない程度に便乗してきた。

 そしておかげで流されるように連中の大半は興味を失い始め、僅かな男子生徒だけが羨ましそうな目でチラホラと眺めてくる程度にまで事態は落ち着く。


「おはよー、ん? 見ない顔が丁度二人いるってことは君たちが新しく入った生徒だね」


 すると白衣を着た長髪の女性が駐車場の方から表れ、陽気に挨拶しながら近づいてきたと思うと、


「よろしくよろしく、私は図書部の顧問をやっている磯崎 凛だ」


 と何とも形容しがたい重たい空気を気にせず俺と片桐の背中をバシバシと叩きながら挨拶してきた。

 このご時世にまだこんなに触って来る先生が生き残っているのか、もはや絶滅危惧種じゃないだろうか。っていうか、力を籠めすぎて背中が少し痛いぞ。


「おはよ、ござっ、います……あの、あんまり生徒を叩かない方が良いですよ、体罰とかになると問題ですよね」


 少し忠告がてらに言ってみると怖いぐらいにピタリと腕の動きが止まった。脅し的な何かと思われてしまったか、気分を害してしまうぐらいなら言わない方が良かったかもしれない。

 しかし、チラッと警戒しながら横目に見た先生の顔は予想に反して笑顔であった。


「お前は優しいな……別にこれで教師辞めさせられたら他の仕事でも探すさ」

「――っう」


 分かったか、とばかりにもう一度背中を叩き、先生はファイルを自分の肩に乗せながら「ほれ、いくぞ」と皆に声を掛けて病院の中へと入っていく。

 あの先生、見かけによらず力が強いなぁ……肺の空気が全部押し出されたのかと思ったぞ。


「磯崎先生に気に入られたみたいだね」


 『良かったね』とでも言いたげに片桐が見てくるが、分け分からない教師に好かれたところで嬉しくも何ともない。


「あの先生はなんで白衣なんだ? 教師なら普通スーツとかじゃないのか?」

「さぁ物理の先生だし、こだわりがあるんじゃないですか」


 片桐に聞いたつもりだったけど、知れっといつの間にか近くにいた香月が答えてくれた。

 国語の先生=図書という公式まで存在しているんじゃないかと考えていたがそんなこともあるんだな。


 先生の後に付いて行くように皆が歩き始めたので俺も遅れずに行こうとした。しかし、その前に腕を香月に引っ張られたことで止められてしまう。

 話も流れたし普通にしてたら適当にうやむやにならないかな、と少し期待していたが駄目だった。


「ちょっと、なんで片桐と知り合いって教えてくれなかったんですか? そしたらこっちだってもっと出方を考えたのに、完全にハメられましたよ!」


 風に乗って香水だろう柑橘系の香りが鼻に来るほどの距離で小声で香月に文句を言われる。


「いや……だから片桐さんとは何もないって、」


 疑わしそうに聞いていた香月だったが『片桐さん』と呼んだ辺りで分かりやすく顔が変わった。

 呼び方ひとつであっさり信じるのか、うっかり心の中と同じように呼び捨てにしていたらもっと面倒になってたってことか。


「やっぱそうですよねー」


 納得したようにようやく腕を放して開放してくれる。

 ペコペコせずに少しは自分を信じて偉そうな態度を貫いてから『やっぱり』と言わなければ説得力がない。


「っあ、でももし私の悪口を言ったら絶対復讐するんで覚えておいてください」

 

 ウィンクしながら低い声で怖いことを言い残して片桐へ媚を売りにいく。


「二人で何の話してたの?」


 側でコソコソ話していたら興味を持たない方が可笑しいので、当然のように片桐が俺の方を見ながら聞いてくる。


「持ってきた本について聞いてただけですよ。ね、保知さん」


 そのまま聞かせる訳にもいかないだろうし、どうするんだ、と香月の方に視線を向けたら既に口から出まかせをふかしていた。

 話す話題としては不自然ではない。機転が利くな、とりあえず俺も適当に頷いておこう。


「へぇ、何の本を持ってきたの?」


 興味深そうに片桐が俺の持っていた本に視線を向けてくる。

 別に話題になるような個性ある奴じゃなく、王道を持ってきたので安心して表紙を見せてあげた。


『ももたろう』


「っぁ……そうなんだ、いいよね」


 否定しないが明らかにお茶を濁す片桐、もしかしたら不味い選択をしたのではないかと参考までに香月を見ると『マジで言ってんのこいつ』とでも言うように嘲笑う目をしていた。


「ですよねっ! だから王道過ぎて子供たちも聞き飽きた話じゃないかって言ってあげてたんですよ。保知さんのプライドが傷つかないように小言で」


 香月の言葉に「やっぱり、そうだよね」と片桐も同意した。

 確かに考えてみたら、俺は桃太郎を一度も面白いと思ったことは無いし、例え面白くても何十回と聞いたことある話を聞きたいとは思わない。

 明らかに選択ミスをした。しかし、まさか桃太郎ごときでここまでマウントを取られて馬鹿にされるとは思わなかった。


「二人は何の本を持ってきたんだ?」


 他人の心配をしてられるほど、さぞかし聞いたこともない本を持ってきたんだろうな、と大した本じゃなかったら馬鹿にしようとこっちも質問をしてみた。

 

「『猫のご主人はおじいちゃん』って本を持ってきたけど、香月ちゃんは?」

「私は『転生したら花咲か爺さんのモブだったけど、花咲か爺さんが犬を殺したんだけど』です」


 何それ、片桐のはともかく香月のは読んでみたい。

 昔流行ったネタバレ系タイトルが子供用の絵本にまで浸食したのは知っていたが、こんな感じとは知らなかった少し面白そう。片桐のはともかく。


「へぇ、面白そうだな。猫の奴ってどんな話なんだ?」


 だから香月のことは無視して片桐の方を掘り下げて『ほら、やっぱり王道のほうが良かった』と少しでも安心感を得ようとした。


「んっとね、最初は捨て猫をお爺ちゃんが拾って仲良く二人で暮らしてたんだけど」


 警戒心が強かった捨て猫がお爺ちゃんと仲良くなる、そんな安易な話か。


「お爺ちゃんが倒れて助けを呼ぶけど伝わらず、結局死んじゃって悲しみに暮れた猫だったけど最後は餓死しそうになったから涙を流しながらお爺ちゃんを食べてたところに人が来て保健所に連れて行かれる話」


 想像していたより高齢化社会の闇を混ぜた暗い話だった。

 いや、面白そうではあるが病院で聞かせるのにビターエンドはどうかと思う。


「……なんか、ふわふわしたものと思ってましたけど悲しいお話ですね」

「悲しいけど、私は結構好きなんだ。このお話」


 香月も最初は片桐を馬鹿にしたように「へぇ、面白いそうですね」と安っぽい相槌を入れていたが途中から悲しそうな顔へと変わり、今では少し泣きそうな顔へとなっていた。


 悔しいが……これは素直に負けを認めざるを得ないな、俺の読み聞かせだけが子守唄になる未来がもう脳裏に浮かんで離れない。


「――ん?」


 病院独特の医薬品の匂いを感じながら先生の後ろに付いて行き、受付カウンターに向かって歩いていると廊下の奥に見覚えのある人物がちらりと横切るのが視界に映る。


 雪宮……? なんでこんなところにいるんだ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る