第21話失われたギャップ萌え
翌日、俺は適当に見繕った本を持ち、予想通りに入院していた総合病院の前へいた。
既に出入口には同じ制服の人たちが本を持って集まっていたが、俺は違う部活の連中だった場合に恥ずかしいからそれを物陰から様子見をしている。
そして5秒ほど観察して集団の背後に香月が見えたことでようやく安心して俺は近づく、まさか彼女まで間違っていることなんてあり得ないだろうし確証を持てる。
「……おはよう」
「おはようございます」
背後から目立たないように近づき、ある程度空けた距離から小声で挨拶すると意外にも驚きもせずに香月は普通に返してきた。
この集団の中に昨日サボっていた二人も恐らく怒られないために来ている。だけど昨日の問題は本人も納得している以上、俺が首を突っ込む義理も道理もない。
褒められたい、好印象を与えたいなどの不純な理由で勝手に行った挙句、失敗した時に善意だったと言えるほど厚かましい奴なら別だろうけど。
「……変なこと考えないでくださいよ」
目の前の集団を横目にそう考えていると再度小声で忠告を言われた。それだけ面倒ごとにしたく無いからこそだろう。
「あぁ、その顔でも安心することあるんだなって思ってただけだ」
「……それ暗にファストフードみたいで安っぽいって馬鹿にしてます? 緊張してください、緊張」
少し言い方が悪かったかもしれないと思ったら案の定、香月は不機嫌そうに眉をひそめて肘で小突いてきた。
「友達が居なくても私がかなり可愛い方って客観的情報ぐらい分かりません?」
昨日もそうだけど、なぜ『友達がいなそう』とかじゃなくて『いない』と断言して話すんだろう。実際いないから否定しないが。
それにしても自分で自分のことを可愛いとか言っちゃうから嫌われてサボられただろうに、学習しないタイプだな。
「——ヴッ」
心の中で馬鹿にしていたら先ほどと比べ物にならないほどに鋭い肘で腹を突き刺された。
「っえ、何であの人が来るの?」
「病院に用事とか……?」
「でも土曜日で制服だよ? 本も持ってるし」
ジンジンと釘でも撃ち込まれたような痛みに耐えていると急に周りの人たちがざわつき始め、腹を押さえながら視線を向けるとそこには何のこともない。
片桐がニコニコしながら本を片手に歩いてきていただけだった。
過去の嫌悪感があって忘れかけていたけど、確かに容姿だけ見たらモデルをしていても可笑しくないほど綺麗だしな。
だけどそれでもまさか1年生はおろか2年生と3年生まで驚くレベルとは思っていなかった。
「ぇ、女王蜂が来るなんて……」
「——ッフ」
当然、その中の一人に香月も含まれていた。
しかし、女王蜂か。確かに性別は違えどいつも働き蜂という名の男が群がっているからピッタリなあだ名だ。
「……なに一人でウケてるんですか、同じクラスでしたよね。タイミング的に何か知ってます?」
笑い声というより失笑の方が正しいほどに小さく笑ったつもりだったが目ざとく香月がジト目で睨みつけ、
「それに、一人だけ大して驚いてませんよね?」
と連続で質問を投げて来た。このまま何も話さなかったらもう1発入れてきそうな雰囲気。
「あぁ、うん、片桐さんも一緒に入る感じになったと思う」
あの後に気分が変わって退部届をわざわざ病院まで届けにきた可能性も拭えないから断定はしない。本も持っているから確率は非常に低いと自分でも思うが、多少の願望が入った思考になるのは仕方ない。
「私のギャップ萌えポイントが……」
軽くショックを受けた後、迷惑そうに目を細めながら香月はぶつぶつと顎に手を乗せて考え事をするために黙った。
ギャップ萌えポイントどころか完全上位個体に成り上がってないか? あっちは女子にも好かれているだろうし。
しかし俺にとってそんなことより、片桐がこっちに向かっている方が問題だった。
噂になるのが嫌だと昨日言っていたから注目を浴びている中での最適解ぐらい分かっていると思うが少し嫌な予感がする。
「っあれ? 香月ちゃん? へぇー図書部員だったんだ!」
俺の願いが神に届いたのか、はたまた元々理解していたのか分からないが片桐は俺ではなく悩ましい表情で眺めていた背後の香月へと驚きの声を上げて笑顔で駆け寄ってきた。
「あ、ぁぁ、うん。そうなんですよ、実は本が好きだったので」
「へぇ、意外だね!」
「っは、はは…‥ですよね、良く言われます」
まさか自分の方に来るとは思わってなかったのか急いで猫を被って話す香月の口元がピクピクしている。きっと『どの口で言ってんだ』と言いたいのだろう。
香月には悪いが注目がそちらに向いている間に目立たない場所へと隠れとこう。
片桐がわざわざ注目を逸らして作ってくれた時間を無駄にする訳にはいかない。
だが、ここで一つ見落としていた。いや、正確には現実逃避するために考えないようにしていたことか。
それは本当に注目を逸らす気があるなら俺の近くではなく、もっと遠くにいる人間に絡むのが普通ってことだ。
「ん、ぼっちどこ行くの? 今日のこと昨日教えてくれても良かったじゃん」
だからこの結果は当然であった。静かに去ろうとした制服が後ろから摘まれるような感覚と共に皆の視線が俺の方を向く。
「……すぅ」
そう……片桐は全然分かってなかった。
考えてみたら彼女にとっては注目されることなんて日常茶番だし、一人の生徒の机を拭くのと違って話しかけるぐらいセーフの感覚なのかも知れない。
人間の眼球からは熱が照射されていると言われたら軽く信じるほどに視線で身体が暑くなり、時が止まったような長い沈黙が流れる。
「あのぉ、もしかしてお二人って知り合いだったり……します?」
だから俺は香月の質問を右から左に聞き流しながら、力強くまぶたを閉じて現実を直視するのをやめることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます