第11話緊急クエスト:スニーク帰宅ver2
「居ない? 居ないな、よし帰ろう」
牛乳が入った籠を持ちながらアパートの外に片桐や雪宮が居ないことを確認し、角を曲がってアパートがある道路へと戻る。
片桐たちと鉢合わせしたらさっきの事もあって恥ずかしい。だけどそれを理由に無視してしまえば印象が悪くなってしまう。つまり出会わないことが最善なのだ。
「……ふぅ」
階段の前まで来た俺は息を静かに吐いた、後は静かに上がって静かに鍵を開けて静かにドアを開けば問題ない。
丁寧に丁寧に階段を上がり、二階の床を踏んだ時の俺の気持ちはまさにベテラン登山家が頂上から有象無象の景色を眺めた時と同等だと思う。
緊張がゆるみ、思わず吹き出た額の汗を腕でふき取ろうとした。だが、それがいけなかった。手に持っていた籠が汗で滑り、牛乳などが落ちて結構な音が周囲に響く。
「――ぁ、じゃ行ってくるね」
「ってしゃー」
僅かに雪宮の部屋から片桐と雪宮の声が漏れ出てくる。っえ、まさか今から出てくるっていうんですか?
顔を合わせたらお互い気まずいんだから出てくるタイミング変えるとかあると思うんですけどッ、慌てて牛乳を拾って鍵を取り出してドアを開くがもちろん間に合うはずが無い。
「……うす」
ドアの隙間からこちらに目を向けてくる片桐に小さく会釈し、ドアでその視線を遮りながら俺は部屋に入ろうとした。
「っあ、ちょっと待って。あのね、実は私もぼっちのご飯食べてみたいんだけど……」
だが、片桐がタッパー片手に恥ずかしそうに話しかけてきたことで俺は動きを止めた。ここで気づかない振りして扉を閉めたら勇気出したのに何アイツ……と片桐は思うに違いない。
きっと雪宮が何か伝えたせいで食べたくなったのだろうか。しかし、今の状況は明らかにハードルが上がって食べてもボロクソの未来が目に見えている。
「いや、そこらへんで買った方が美味しいと思うよ。料理下手だからあんまり美味しくないかもしれないし」
俺が美味しいと思う物と片桐の味覚が合うとは限らない、期待値を下げるついでに考え直させよう。
「……ダメならダメでいいんだけど」
黙って聞いてた片桐が残念そうに再度聞いてくる。いや、別に駄目とか良いとかって意味じゃなくて考え直さないかという意見だったんだが?
不味い、そのセリフが出てくると言うことは俺があげるのが嫌だからオブラートに包んで拒否したと片桐が考えている訳だ。
それでは雪宮にはあげたくせに、とか後で陰ながら言われてしまう可能性が高い。
「ごめんそうだよね、ちょっと図々しかったかもしれないし」
言葉をまくし立てながらそのまま扉を恥ずかしそうに閉めようとする片桐。
「――いぁ、不味くても良いなら、分け……るよ」
だが、俺が言葉を言い終わる前に扉は閉まってしまった。
まぁ、わざわざ再度呼び出して食べさせるほど自信がある訳でもないし、行くの疲れるし、潔く噂話の一つぐらい受け入れよう……話したくないし。
「ほんと?」
そんなことを思っていると再び扉が僅かに開き、片桐の顔がヒョコっと出てくる。
はいはい可愛い、あざとい、聞こえたんだったら扉を閉めないで欲しいんですけど。おかげで無駄な覚悟を決めてしまったじゃないか。
「あ、あぁ、じゃもっかい温めてくるから取りに行くからタッパー小窓に置いておいて、入れたら呼び鈴ならすよ」
「んぅ、それぼっちがわざわざ2往復しないとダメじゃん。私がそっちの部屋で待てばよくない?」
「いや、良くない。こっちの気遣いは全然しなくていいから大丈夫、届ける」
念を押すように伝えると流石に分かってくれたのか「そ、そっか」と片桐は少し残念そうにしていた、入られたら雪宮と同じで何を握られるか分かったものじゃないからな。
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