第10話現実に昼ドラが起こるわけがない
殺そうとしてるのか、当然俺もそう思ったが今朝まで仲良く喋っていた友達を夕方になって殺すなんて昼ドラでもあるまいしあり得ない。
少なくとも揉めたら雪宮の態度もイラつきが出るはずで、それすらなかったという訳はただ単に夕日の光りのあて具合と、潜在的に彼女を恐怖している俺の主観によるミス、そう判断するのが合理的だ。
袋をわざわざ後ろに隠したのも何か女の子の日用品が入っていたから、包丁は大方何か料理してと雪宮が頼んだから扱い慣れた物を持ってきたのだろう。
「そっか、今日生姜安かったもんな」
歩くときは包丁を下に向けた方が良いよ、そんな注意が頭に浮かぶが俺ごときが偉そうに指摘しなくても後々誰かが教えてあげるだろう。
なので他愛もない世間話をしながら外に出て自分の部屋に鍵をかけた。
「ねぇ……それより聞きたいんだけど、なんでぼっちが雪の隣に住んでるの?」
鍵をかけたと同時に包丁を後ろに回しながら片桐が前かがみで首を傾げながら近づいてくる……包丁持っていることを知覚すると妄想と分かってても恐れが湧いてくるな、ホラーノベルで判断ミスをした主人公の気持ちもこんな感じなのかもしれない。
いつ同じ状況になるか分からないのになんで俺は唯一の逃げ道である部屋に鍵を掛けちゃったんだろ、次からは安全が確保されるまで絶対に掛けないでおこう。
「まぁ、偶々だよ。俺も雪宮さんが隣にいると知っていたら別の所を選んでたよ。言っておくけどストーカーとかそんなわけじゃないぞ」
明らかにカースト上位と隣なんて気遣いにもほどがある、もし五月蠅くしてみたら即座に学校で『隣に住んでる人がさ、オタクみたいでうるさくてウザイんだよね』とか遠回しに聞こえる声で言ってくるに決まっている。
「ふーん、そっか」
もっと疑われるかと思ったが、それだけ呟くとあっさり納得してくれた様子で片桐は雪宮のドアの前に戻って行く。
相変わらず包丁は上を向いていて危なっかしいがこれ以上無駄口をする必要もないかと俺は階段を下り始めた。
「……っぁ」
だが、少し降りたところで写真のことを思い出す。そうだ、少なくとも雪宮よりは片桐の方が話が通じるかもしれない。
自分から別の話題を切り出すのは少々勇気がいるが、既に片桐とあった時点で蒸気を噴き出しそうにしている心臓では些細な問題だ。
「そういえばさっき雪宮さんに写真を撮られたけど出来たら消してくれない……ですか?」
気軽に何もかも忘れて話しかけようとしたが1対1の状況だと、嫌でも昔の出来事がフラッシュバックして思わず丁寧な言葉遣いを選んでしまう。
「写真って、もしかして二人で楽し気に料理を作ってる奴?」
知っている、ってことは遊びに片桐も参加する予定だったということか
? なら話を聞いてもらえないかもしれないか。
「楽し気……か? 多分それ、です。駄目ですか?」
駄目だ、言葉遣いが統一しない。自分で言っていてなんだが挙動不審でキモイと思う。テニスの時はまだ別の人たちがいたから意識を逸らせたのに、克服できたと思っていたがまだまだ引きずっているみたいだ。
「ん、そっか、ううんいいよ、分かった。私から言っておくよ」
顔を振って片桐が答えるとやっと自分の持っていたナイフに目が行って危ないことに気づいたようで、ようやく生姜やらが入った袋の中にしまってくれた。
しかし、想像よりも数倍あっさりと承諾したことで俺の中で「本当か」と疑惑の思いが大きくなる。
「疑う訳じゃないが本当か? なんかの遊びに使う訳じゃなかったのか?」
「……あそ、び」
思い当たる節が無いように片桐は小さく呟く、写真を知っているのにそれで遊んでることは知らない。なら、もしかして雪宮の遊びの対象は片桐なのか。
「あぁ、うん。もう十分楽しく遊んだ後だから消させるし大丈夫だよ」
「っえ?」
知らないように見えたのは俺の勘違いか。いや、それより遊んだ後って、もう全て終わったってこと? いくら何でもそれは早すぎないか。でも片桐がわざわざ嘘を吐く理由もないしな。
「どうしたの?」
「ん、いや、消してくれるならそれでいいんだ。ありがとう」
一体何に使って遊んだか少し気になったが、ほじくり返して機嫌を損ねては全て無意味になってしまう。
何より料理を食べさせれば機嫌よくなるかと思ってたら、雪宮に写真を撮られて主導権を握られた俺がうかつだったんだから……油断できない奴だ。
「これから買い物に行くんでしょ、気を付けてね」
「…………あ、あぁ」
気を付けて、そう言われた俺は小さく声を漏らしながら固まってしまう。
家族ならともかく同級生に気を付けてと言われた時は何と答えるのが正解なのだろう、それも一度振られた人物から。
やはりオーソドックスに行ってきますなのか? だがそれはそれで馴れ馴れしい気がする。きっと片桐なら『キモ、何様のつもりだよ』と思うはずだ。
「わざわざ丁寧にありがとう、気を付ける」
これだ、これ、パッと頭に浮かんだが彼女の気遣いに気づきながら偉そうでも馴れ馴れしくもない。
正解だ、そう内心でガッツポーズをしながら階段をウキウキに降りていると思わず階段を一つ飛ばしてガクッと転びそうになる。
「――ッぁ」
思わず漏れ出た声に唇を噛み締める。まだ声が出なければ途中から二段飛ばしで速く降りたかったで言い訳が効くが漏れたからにはそれは通用しない。
「……」
視界の隅に薄っすらと苦笑いを浮かべる片桐が映るが、気づかないふりをしながら俺は二度と後ろを振り向かずにその場を離れた。
……まだ初日だけどもうあの家には帰りたくないな。
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