第9話何してんすか、片桐さん

 渡された紙を見ながら一人分ほど入れたタッパーを雪宮の部屋の小窓に、ゴミもドアの前に置いておく。

 というか紙だとめっちゃ普通になるんだな……雪宮。まぁ、でももし不味かったら後で何が起こるのか分からない。

 ドアの前にゴミをまき散らしたり、シチューを小窓から流し込んでくるかもしれないから僅かな時間で出来る限りの最善をこのシチューに詰め込んだと思う。


 さて、やることも無くなったし部屋に戻って音楽でも聴いているか。

 ベットの上に転がり込んでイヤホンを耳にはめ、シル・ヴ・プレジデントやバードマン、サンタマリアなど聞きながら時間を消費していると突然『ピピピピピピピピピポーン』とめっちゃチャイムを鳴らされ、俺は飛び起きた。

 慌てたせいで左足の痛みで転びそうになりながら外に出ると、そこにめっちゃ不機嫌そうな雪宮がいた。なんだ? シチューちゃんと置いたよな、不味かったか?


「何、どうした?」


 少しだけ事故物件を選んだかと胸が躍ってしまっただろ、思い切って心霊物件住んでみました系のYoutubeでもやって稼ごう的なことまで考えちゃったし。


「……いくらノックしても出てこないし、タッパーにも入れてくれないぼっちくんが悪いんだし」


 いつの間にか俺の部屋の小窓に置かれた空のタッパーを拾って『お代わり』と書かれた紙を雪宮は『っん』と言って俺の目の前に突き出してくる。

 まさかもう一度貰いに来るとは思わないだろ、どんだけ肝っ玉が据わってるんだ……見習いたいぐらいだ。

 こいつの責任転換ぐあいと言い、わがままなところは妹少し似ているかもしれない。もしかして甘やかされてきた末っ子か?


「美味しかったか?」

「美味しくないのにウチが来るほど自分が魅力的なんて思ってないでしょ。それ以外ある?」


 相変わらず減らず口が消えないなと思いつつ、美味しいと言われたので悪い気がしない俺はポーカーフェイスを意識しながらタッパーを受け取る。


「っち、ニヤニヤしててキモイんだけど……」


 そういえばポーカーフェイスって言うけどポーカーとかしたことなかったな。トランプと言えば一人で出来るトランプタワーにして積み上げる遊びか、神経衰弱だけだし。

 一人でする遊びの方が精神が鍛えられるしな、皆できゃっきゃする軟弱な遊び何て全然羨ましくなかったよ。そういえば楽しそうにストレートフラッシュをドラゴンボールの技名みたいに言ってた奴とかいたな。


「ねぇ、そういえば面白いこと思いついたんだけどぼっちくん何か写真ない? 自撮り風の」


 気持ち程度に零れるほどのシチューをタッパーに入れていると玄関で足をクロスさせながら雪宮が暇そうに聞いてくる。


「無いな、自撮りとかしても意味ないだろ」

「ふーーーん、じゃちょっと体借りるよ」

「――ちょ」


 突如身体を引っ張られると雪宮がスマホをかかげながら俺とのツーショットを取り始め、あまりの近さから少し甘い花のような香り、反射的に洗剤が頭に浮かんだけど恐らく香水かシャンプーの匂いなのだろう、それが鼻をくすぐる。


「さんっきゅ」

「その写真……何に使うつもりだ?」


 撮り終わるや否や、用済みとばかりに俺を突き放す。

 クラスメイトに見せても見下されるだけのツーショットに意味などあるのか、そういう意味も込めた質問するけど雪宮はずっと下を見ながらスマホを弄っていた。


「ないしょー」


 しかし、雪宮は教えてくれない。ネットに晒す気か? 流石にお代わり貰いに来たくせにそんなことまでされる筋合いはない気がする、段々とその態度にイラっとし始めた俺は勇気を振り絞った。


「そうか、じゃお代わりも上げn」

「――は?」


 どの立場で物を言ってんのお前、そういうかのような冷たい目線。鍋に戻そうと傾けたタッパーを元に戻し、俺は丁寧に蓋をして雪宮に渡した。

 可笑しい、ここは教えるから頂戴とか可愛いセリフを吐くシーンじゃないのか。こんなの恐怖政治と何も変わらないじゃないか。


「あの、ネットにさらすのだけは」

「そんなことする訳ないじゃん、ちょっと遊ぶだけだよ。お代わりありがとー」


 微笑を浮かべながら雪宮は片手でタッパーを受け取るとスマホ持っているもう片方の手を振って足早に出ていった。


「……遊び? 俺の写真で?」


 呪いの藁人形とか、壁に貼ってナイフの的にする的な……いや、だとしたら二人で映ってる必要なんて無いか。


 しばらくベッドに1時間ほど転がりながら『ツーショット 遊び』などと検索しながら悩んで悩むが依然として俺とのツーショットを取る必要性が全く分からない。

 全く、好意とかカップルとかネットの奴らは異性と来ると頭の中がお花畑になるんだから役に立たない。もっとモテない男の目線に立って様々な観点から物を言って欲しいものだ。


「……牛乳でも呑むか」


 流石に喉が渇いたなと冷蔵庫を開ける。だが、そこには余り物の食材があるだけで飲み物の類は全くなかった。


「そういえば重くなるから買って無かったな、もう1回行くか」


 財布を片手に、わざわざ詰め替える手間が省ける自分の買い物かごを持って扉を開ける。するとふっと雪宮の部屋の前に人影が見えた。


 雪宮がまた出て来たのか? そう思って視線を向けると、そこにいたのは雪宮ではなく恐ろしいほど無表情な片桐がナイフを片手に生姜やらお茶、酸性洗剤が入った袋を持って立っていたのだった。

 

「……………っえ、っえ? ぼっち? いや、その、違うの」


 こちらに気づくや否や慌てた様に袋を後ろに隠し、いつもの笑顔を向けて来る…………いや、何してんすか片桐さん。


「これは、その――ちょっと料理しようかと思ってっ」


 ニコっとした笑顔で包丁を顔の横につけて片桐が答える。

 狂気だな、一体何を料理するって話なんだ。一般人が聞いてたら勘違いするレベルだぞ。

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