第8話ビーフしゅちゅ
「片桐ぃ、ちょっと用事出来たから通話切るねぇ」
どんどん聞こえてくる足音に何でこんなに聞こえるんだと思った俺はドアの横にある小窓を閉めてなかったことに気づく。
「すいませーん、隣の雪宮ですけどぉ。引っ越し挨拶的な? ものを持ってきました」
まさか……本当に気づかれていない世界を引き当てたというのか。
トントンと背中で振動を感じながら好都合とばかりに居留守を使わせてもらう。もし隣と分かられた日にはストーカー扱いされかねないからな。
「は? 居留守使うん? あぁッ、もう面倒臭い。ぼっちくーんはよ出てこいしー、殺すぞー」
するとダルそうな声がしたと思ったらドアの向こう側から棒読みでえげつないことを雪宮が叫び始める。
「……何、一応言うけど隣が雪宮さんって俺は知らなかった――」
ちょっとだけドアを開いて釈明しようとするとこじ開けるかのように雪宮がドアを全開にさせてきた。
「ちょっとばちくそいい匂いじゃん。何、ぼっちくん料理とか出来る系? 何作ってんの」
あれ、案外何も言ってこない? 雪宮は鍋の方を凝視するだけで特に俺が隣に住んでたことに反応を示さない。
「ビーフしゅちゅ……」
噛んだ、あまりのストレスと緊張で嚙んじまった。もうどうにでもなっちまえよ、頼むからどこか行ってくれ。
「あの、ゴミ捨てる場所分からないんだ。捨てて来てくれないか?」
そう思った俺は何をとち狂ったのか、ゴミ袋を雪宮に突き付けることで排除しようという暴挙に出た。
「は? なんでウチがあんたのゴミ捨てなきゃならんの、自分で捨てろし。アパートの脇にあるっしょ」
案の定不機嫌そうに雪宮がこちらを睨みつける。
そう、ですよね。危なかった、今日あったばかりの他人にゴミを押し付けられるとか自分でも意味わからないどころか怖い。
幸い、別に怒ってないようで下の方を丁寧に指さしながら「ほら、あそこ」と教えてくれている。あれ、もしかして雪宮って以外と良い奴なのか?
「……ありがとう」
自分で捨てよう、そう思って部屋を出た俺はゴミ袋を地面に置いて部屋の鍵を掛けようした。しかし、そこを突け狙ってガサっという音ともにゴミ袋が雪宮に取られる。
「……ぇ?」
「ねぇ、じゃゴミ捨ててくるから夕飯食べさせてよ」
何を言っているんだ……? それってつまり俺の部屋に上がり込んで二人でご飯を食べる、ってこと?
冗談じゃない、ただでさえ気まずいのに一緒にご飯を食べるとかストレスで食べ物の味が分からなくなるし吐くぞ。
「いや、いいよ。自分で捨てる。教えてくれてありがとう」
自分の部屋に鍵をかけ、絶対に入れさせない鉄壁の意思を見せつけながら雪宮の手からゴミ袋を返してもらおうとすると後ろにゴミを回された。
「ぼっちくんさぁ、今の状況分かってんの? ウチがぁ、男の子にぃ、無理やり押し付けられたゴミを持ってんの」
微笑を浮かべながら雪宮がゴミ袋から見える水道やガスの伝票に書かれた俺の名前をとんとんと指さす。
「インスタとかぁ、クラスの子に言っちゃったらぁ……困るよね?」
勝ち誇ったとばかりにニコっとする雪宮。
『ねぇ、じゃゴミ捨ててくるから夕飯食べさせてよ』
『いや、いいよ。自分で捨てる。教えてくれてありがとう』
『ぼっちくんさぁ、今の状況分かってんの? ウチがぁ、男の子にぃ、無理やり押し付けられたゴミを持ってんの』
なのでこちらも録音していた音声を再生して聞かせてあげた。
今日一日いつ片桐をゆするネタがいつ出来ても良いようにボイスレコーダーで録音していたが、まさかそれが役に立つとは思わなかった。
「えぇ……キモ」
「何とでも言え、さっきの話していた内容は立派な恐喝罪だと思うぞ」
そう言うと明らかにしょげた様に力が無くなった雪宮がゴミ袋を黙って突き返してくる。
「……いいし、そこまで食べたかった訳じゃないし、自分で作るし」
トボトボした様子で自分の部屋に戻ろうとする雪宮、その後ろ姿はまるで怒られた飼い猫がような姿を想像させる。
なんだこのあざとい生き物は。あざとすぎるだろ、陽キャはなんて高度な技術を使って来るんだ。何も悪い事なんてしていないはずなのに、無性に罪悪感が湧いてくる。
「……あぁ、もう、自分の部屋で食うなら分けるぞ。ゴミ捨てて来てくれ」
流石に少し可哀そうかなと思えた優しい俺が妥協を提案してあげる。すると、嬉しそうな笑みで雪宮が戻ってくる、訳が無かった。
「は? 要らないし、自分で捨てれば?」
打って変わって冷たい目線で言ってドンっと扉を閉めて自分の部屋に入った雪宮、俺はただ静かに残された空間で「そすか」と返し、捨てる気も失せたので俺も部屋戻りベットに寝っ転がった。
雪宮のあの様子、普通にご飯ぐらい食べさせた方が良かったのかもしれないな。別に俺が買い物に出掛ければ良いとか手段なんていくらでもあったし。
『……ッゴト』
ふと、スマホでyoutubeを眺めながら少し後悔していると玄関兼キッチンからプラスチックのようなものが落ちたような音が聞こえ、見に行くと小窓の下らへんにタッパーが落ちていた。
こんなところに置いてたっけ、全て仕舞ったと思うんだけど。ならこのタッパーは? そう思って手に持つと中に一枚の紙が入っていることに気づいた。
『ゴミ袋外に置いておいて、ビーフシチューください』
…………結局欲しいのかよ猫宮さん。
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