第2話逃げに逃げた先で再び

「はい、皆さん。事故にあっていた保知くんが今日から登校します。皆さんとは3ヶ月の遅れがあるので分からないことがあったら教えてあげてください」

「……冬服とかっ」


 初日からクスクスと笑われた。

 そりゃそうだ、桜の咲く4月から3ヶ月と言えば7月だ。1回も冬服を着ずに、もうクラスメイトたちは夏服を着ていた。


「保知 栄一、趣味は読書です。よろしくお願——」


 恥ずかしくて痛いような高校デビューのセリフも考えたけど、俺は無難で普通の生活を送るためにごく普通の自己紹介をした。

 だが、何の変哲もないはずの台詞にガタッという音ともに一人の女子生徒が僅かに反応を示してきた。


「あっれぇぼっちじゃん、ぼっちだったの? 事故で入院したって人」


 ぼっち? ほちですけど、正確に発音したんだけどな。

 初対面からまるで幼馴染のように馴れ馴れしく話しかけてくる女子生徒に目線を向ける。


 サイドテールの茶髪にチャラそうなアクセサリーを身につけ、胸元を開けた制服の着こなし。

 茶髪…………? ここで既に少し嫌な予感がした。だが、あり得ない、そんなことは絶対にあり得ないから安心しろとそう言い聞かせながら顔を見た。


「――っな、な、な」


 目が合った瞬間、トラックにぶつかられた時と同じぐらいの衝撃に襲われ視界がゆらゆらと揺れた。

 なんせ黒歴史から逃げに逃げるためにわざわざ遠い学校を選んだのにその黒歴史教法を具現化したような存在がそこにいたのだから。


「まじ奇遇じゃん、仲良くしようね」


 チャラチャラとアクセサリーを揺らしながら手を振り、笑顔を向けてくる女子生徒。

 姿こそ少し面影が残るぐらい大人になったが頭の悪そうな緩い口調とその何人もの男子生徒を勘違いさせたサキュバスフェイス。


 『片桐 時雨』俺が小学校の時に告白し、馬鹿にされ、笑い話にされ、それ以降逃亡し続けた存在が奇しくも同じ学校に来ていた。


「何、片桐知り合いなん? あんな隠キャっぽい奴」

「ん? うん、だってぼっちは私にこ——」


 相変わらず口が悪い自己主張の塊のようなカースト上位の連中と仲良くしてる彼女がまたマイスクールライフを壊す発言をしようとしているのを俺はただ無力に聞くことしか出来なかった。


「ううん、やっぱり何でも無いや」


 しかし、明らかに告白の話題を話そうとした片桐と目が合うと彼女は途中で濁すように言い止めた。


「えぇ、めっちゃ気になるじゃん。教えてよ」

「そんなに気になるなら雪も何か秘密を教えなよー」


 そう言ってきゃっきゃし始める片桐を俺は少し安堵しながら眺めていた。

 良かった、とりあえず救われた。流石に小学校の頃のようにクラス中に言いふらす性格からは成長しているみたいだ。


「先生、俺の席はどこですか?」

「ああ、保知くんの席は窓際の1番端っこの角の席だね。掃除の時に動かさなくて済むからずっとそこに置いているよ」


 そりゃ座る奴がいないのに掃除のたびに誰かが運ばなければいけないんだからずっと角に置かれて埃かぶってるよな。

 そう思いながら先生が指差す自分の席に行き、埃だらけであろう机を拭くタオルを鞄から取り出そうとした俺は埃一つなくピカピカになっている机を目にする。


「……誰か俺の机を拭いてくれてたんですか?」

「ん? いや風通しがいい席だったからか埃はずっと溜まってなかったぞ。良かったな」


 そんなはず無いよな、と俺はすぐ後ろの棚の上を指でなぞると埃が指にめっちゃつく、めっちゃつく、馬鹿みたいについてる、汚ったな……それはそれとしてここはちゃんと掃除しろし。


 でも、先生が認識していないってことは少なくとも名乗り出る人も目撃した人もいなかったってことだから本当に埃が溜まりにくいバミューダトライアングル的な神ポジなのかも知れない。


「すみません、ちょっと机前に出します」


 そう思いながら前の人に一言言って座れるほどに席を前に動かすと床に埃が転がる。


「……怖っ」


 誰だよ、新手ないじめなのか? 後から難癖をつけて金を巻き上げにくるとか、脅すはアウトだから良心につけ込む今時の高度なカツアゲとかそんな感じか。


「えぇ、それまじぃ? ウケるー」


 横目に片桐を観察するが口悪友と楽しそうに薄っぺらい会話するだけで一切視線がこちらに目を向けてこない。

 いじめならニヤニヤしてくる奴が犯人と相場が決まっているがクラス中を見てもそのような人物は見当たらない。


 いや、害も少ない新種の現象なんて考えている場合じゃないな。何よりも第一は片桐を黙らせて普通の高校生活が保証された生活を送らなければいけないのだから。


 脅しか、それとも前もってお金を渡すことで従順な奴隷と思わせた方がいいのか。

 こちらも何か弱みを握れれば対等に、いや、高校生活を完璧に捨て去る覚悟すれば対等以上になれるか。

 何か手立てをしなければ……このままでは馬鹿にされ続ける小学校の二の舞になってしまう。


 思わぬ出会いにストレスで込み上げて来る胃液に抗いながら、こちらを気にも留めてない様子の片桐を俺は静かに睨みつづけた。

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