振られた上に言いふらした彼女と再会したら惚れられているような気がするが二度と騙されない

にくまも

プロローグ

第1話異世界トラックは突然に

「うっわ、まじ? お、来たじゃん! なぁ、みんな! 噂のぼっちのご登場だぞ! 身の程を弁えろって話だよなぁ!!」


 黒板一面にデカデカと書かれた自分の名前、嘲笑うかのように見つめてくるクラスメイト達の顔、それで状況を察した。

 告白して振られた俺はクラス中に言いふらされ、暇つぶしの話題になったのだと。


「っあはは、まじ迷惑だったよ」


 机の上に座りながら告白した茶髪の女の子が便乗し、


「ちょっと話しただけなのにね。やっぱり王子様みたいな人が良いよね」


 カースト上位の奴らと髪をいじりながら笑い話していたところで心は一片も残すことなく砕け落ちて無に達した。

 それから俺に出来たことといえば、涙をこぼしてこれ以上みじめになることが無いように我慢すること。それが精一杯だった。


 それからの授業は何を聞いたのかも分からないし、何を怒られたのかも分からないし、生徒たちが先生に何を笑いながら言っていたのかも分からなかった。


 それが小学校の時の初恋、そして最後の恋だった。




 偽愛の神がいた。

 彼女は言う、愛されなければ愛せないのが人間だと。

 愛の神がいた。

 彼が言う、愛されなくてもいい真の愛は本人以外分からないだけだと。


 愛し愛されたい同士でしか、愛は露出しない。そして愛に愛を求め求められる、それがラブコメ。

 では、愛されなくてもいい同士のラブコメはラブコメではないのか?


 神々しいまでのキャラ服と頭を背に、誰に言われても愛を貫き通す意志を世界に撒きながら愛の神は言った、それはそれですこじゃないかと。


 世界を暗く染め、愛してる人が自分しか見なくなるほどに美しいドレスを身に着けながら偽愛の神は首を振る、それは愛ではないと。


「変な神の会話から始まるラノベだな。大体偽愛ってなんだよ、そんな言葉ねぇよ……ないよな?」


 そして高校、今度は絶対に噂が届かない遠方にしようと俺は地元を離れて都会の方を選んだ。

 中学? 少し遠い別の学校に行ったさ。それでも噂話は消えず、俺はこの通り諦めてスマホを友達と思うことにしたさ。

 ここから誰にも邪魔されない新たなスクール生活が始まるんだ。


 新しく発売されたラノベをスマホで読みながら、偽愛という言葉を調べるがこのラノベの名前が出るだけで他は歌のタイトルしか出なかった。


「神主が書いてるのか、これ」


 『ファイブクロスストーム?』誰が書いているのか特定されたら袋叩きされそうだな、神社のまとめ役みたいな所からも、フェミニストたちからも。

 なんで女が偽愛で男が愛の神なんですか? とか、逆にしたらそれはそれで女が愛だって決めつけるのは良くないとか言い始めるんだからやってられない。

 きっと、一度たりとも文句を言われたことが無い人生を歩んできた人種なのだろう。

 真の自由は不快が無い世界ではなく、不快だらけの世界のはずだ。

 なんせ、世界は自分だけの物じゃないのだから全ての不快要素を消し去ると言うことは世界を無にするのと等しい、それなら我慢出来ずに文句を言う奴を消し去ったほうが楽だ。

 『まじ迷惑だった』嫌な記憶が蘇る、


「はぁ……以上のことを踏まえると不快だからあいつ等消えないかなと思っている俺のほうが我慢するか、さっさと死んだほうが良いってことだよな」


 そんな中身のないネガティブな思考をしながら桜並木が茂る通学路を歩いていると、目の前にスマホを睨みつけながら登校する黒髪の女子生徒が目に入る。

 その子はスマホに目線を向けたまま真っ直ぐ歩き、他の人が駆け足で渡った横断歩道を赤信号と気づかず渡り始める。

 危ないな……人のことは言えないがスマホ使う時は止まるか、絶対安全って場所以外はやめた方がいいぞ。

 っていうか信号機のシステムから情報を貰い、スマホを使う歩行者に危険を知らせるシステムが有ればよくね? これ交通システムの就活とかで役に立ちそうだな。


 そんな呑気なことを考えていると、女子生徒の奥に明らかに止まれない速度で突っ込んでくるトラックが見えた。


 耳の奥をかき混ぜるように鳴り響くクラクション、

 何が起きたのか分からずびっくりしたように動きが止まった女子生徒、

 彼女がこれから死ぬのはお前のせいだと言わんばかりの永遠とも思える長い時間を与えてくるアドレナリンに溢れた俺の優れた頭脳。


「ッキャ、なにすん——」


 反射的に飛び出した俺は彼女を押し退け、トラックに飛ばされながら黒歴史しかないクソみたいな人生に終止符を打った。

 なぜ自分の命を犠牲にしてまで助けたと疑問に思うだろう。

 それは彼女の方が子供を産んだり社会の役に立つ人間で自分は孤独に死ぬしかない人生を歩むだろうからだ。

 どうせ死ぬならクソみたいな人間も役に立つって見返しながら死にたいだろ。

 

 助けた女の子の叫び声と顔? 聞こえる訳も見える訳も無い。トラックにぶつかったんだ、一瞬で意識が持ってかれるに決まっている。ラノベ主人公のように、頭が飛行機のブラックボックスほど頑丈じゃない。




「と、転生ものならここで安っぽい神様が高々人間1匹に謝ってチートをくれるんだろうな」


 冷静に考えて、沢山のメダカが泳ぐ水槽で1匹死んでも気にしないように、神が居たらそんな慈悲深いわけがない。


 幸いにも命拾いした。

 転生して黒歴史とお別れしてチートくれる展開があったなら、そっちの方が良かったから幸いと言えないのかもしれないけど。

 俺は病院のベッドで左足を上げながらそんなくだらないことを考える。


「3ヶ月、3ヶ月だぞ。軽く全国回れてしまうんじゃないか」


 トラックにぶっ飛ばされ骨を数本骨折、その後左足がタイヤに轢かれて粉砕。

 治すまでの3ヶ月間も両親やトラックの運転手がお見舞いに来てくれただけで、助けた女の子が見舞いに来ることは無かった。

 それがリアル。

 善行なんてするもんじゃない、損する事しかない。ご都合主義のように誰かが見てくれることもないし、良い事は巡り巡るって言うけど良いことなんて何もしなくても巡って来るもんだ。


「しかし、何より借りたアパートにろくに帰って無いのに家賃だけ取られるのが気に食わないんだよな」


 元を取るために3ヶ月分部屋を汚すことを楽しみにしながら俺はピクリともしない左足を動かせるようにするため、毎日リハビリに勤しんだ。


「――ッイっ」


 その結果、奇跡的にある程度回復した俺は長距離マラソン、水泳、これら全部を無条件にフリーパスできる権利を手に入れた。

 冬場のシャトルランとか、目的もなく走らされるのがまるで不適合な人間を左右に振って穴からふるい落としているようで嫌いで嫌いで仕方なかったし丁度いい。


「噓でしょ……あの左足の神経も何もかもがぐちゃぐちゃだった患者さん、歩けてる上にもう退院するのですか?」

「ね、凄まじい回復力よね」

「えぇ、もっと驚くべきですって!」


 聞き慣れた噂話をする看護師たちを素通りし、久しぶりに着た制服で病院からそのまま学校へ行かう。

 3ヶ月、もう彼氏や彼女の家から登校する性活をする生徒がいるかもしれない。出だしには完全につまずいたが、それでも虐げられてきた小中と比べれば大きな問題ではない。


「お兄ちゃん、学校がんばえー」

「ゆうきだして!」


 それに彼氏や彼女に見送られる人は居ても、これほどまで男女に送迎される人は俺だけかもしれない。

 病室を横切るたびに仲良くなった子供たちから声援を送られるのだから気分はまるでこれから戦地へ向かう玄人よ。


「簡単に惚れちゃダメだよー」

「いじめる奴がいたら言いにくるんだよ!」


 看護師たちが苦笑いしながらこっちを見てくるが、鋼の心を手に入れた俺は動じない。彼らが同じ過ちを繰り返さないよう、例え話で警告をしてたらいつのまにかこういう誤解を生んだ関係になってしまっただけだ。


「はっはは……子供は何かと結びつけやすいですからね」


 言い訳のように聞こえる事実を独り言のように看護師たちへ教えてあげる。

 そしてやっぱり俺はついてないようでこの日に限って病院全体の暖房が壊れたようで非常に暑かった。

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